「これ、サンキューな」 「あ、は、はい」 そう言うなりナギさんは回復薬を一気に飲み干す。空になった瓶を置いたあと、はぁー、と長く息を吐いた。 「すげ……魔力も回復するんだな」 「あ、はい。少しいじったので…ただこれを作る材料が今はないので、もうないんですけどね」 「へぇー、……俺さ、護衛してたときから思ってたけどやっぱお前凄い研究者だわ」 「えっ、あ、ありがとうございます…」 敬語じゃないナギさんに違和感を覚えるけれど、これが本来のナギさんだと思うと自然と頬が緩む。誰かに褒められるなんてあまりなかった私にとって、ナギさんの言葉は凄く嬉しかった。 ナギさんはゆっくりと腰をあげて伸びをする。そして軽く屈伸したあと、牢獄の隅へ足を進め何かを拾い上げた。それが何なのかわからず首を傾げる。 「ナギさん?」 「ん?あぁ、これ、ほら、もらったやつ」 「あ……」 そう言って私に見せたあと、前髪をあげてチョコボの髪留めで髪の毛を留める。それを呆然と見つめていると今度はナギさんの手が私の目の前に差し出された。 「つーか、呼び捨てでいいぜ。同じ歳なんだしさ」 「…えぇ?!同じ歳なんですか!?」 「え、何その反応……ナマエは俺をいくつだと思ってたんだよ」 「て、てっきり20代前半かと…」 「……ま、後半だって言われなかっただけマシか」 ナギさんは苦笑しながら私の手を取って起き上がらせる。そして、私の頭に手を乗せるとニッと歯を見せて笑った。 「てことで、さん付けんの禁止な」 「へ…」 「んじゃ、さっさとここ出るか」 「あ、そうですね……え?」 それに答えると同時にふわっと小さな風が吹く。浮遊感を感じて顔をあげると、かちりと目と目が合った。 なんでこんなに彼と近いの?なんで身体が浮いてるの?なんで背中と膝の裏に私のものではない温もりを感じるの? やがて、状況を理解した私は顔にカッと熱が集まるのを感じた。 「ちょ、ナギさん!?何して…」 「あ、悪い、ランタン持ってて」 「え、あ、はい」 「あとさん付けんの禁止って言っただろ?次さん付けたらお仕置きな」 「お仕置き?!そんな、ナギさん…!」 「はい、一回目」 「!?」 そんなこといきなり言われてもすぐに呼び捨てなんてできるはずがない。眉間に皺を寄せる私を他所に彼は牢獄から足を踏み出し、出口に向かって走り出した。 彼の足の速さに愕然とする。そんな私に気付いたのか彼は小さく笑った。 「舌噛まないようにな。あと俺にしっかりしがみついてろ」 「な、にゃぎさっ…〜っ!!」 「ぶはっ!早速噛んでるし。そんでさん付け二回目ーっと」 「うぅ…!」 舌を噛んだ痛さとお仕置きの回数が増えたことに何も言えずただ彼を睨み付ける。彼はまるで玩具を手に入れたような顔でにやりと笑った。 牢獄から出て階段をかけ上がる。鉄の扉はまだ開いていて、地上に出ると未だ眠りこけている皇国兵の姿が目に入った。それを見て彼はポツリと呟く。 「…こいつら寝てんの?」 「えぇ、多分…」 「ふーん…ま、いいや。とにかく早くここから脱出しなくちゃな」 そう言いながら私を抱え直し彼が何かを呟いた瞬間、何故か重力を感じた。何かに引っ張られるような感覚に思わずナギさんを見上げると、彼は微笑みを浮かべたまま口を開く。 「(だい、じょうぶ?)」 一体何が、と聞き返す前にその重力に堪えきれず、私は目を思いきり瞑った。 ◇ カトルは蛻の殻となった部屋を見て、溜め息を吐く。ぐるりと周りを見回すと寝室の扉が開いていて、何とはなしに中を覗くとベッドの位置がズレていることに気が付いた。 寝室に入りベッドの脇を覗くとそこには床下のようなものが目に入った。ベッドを移動させ、カトルの目に映ったのは案の定床下で、収納スペースはそれほど広くない。しかし、埃が積もっている底には何かが置かれていたような丸い跡が残されていた。それは研究者なら誰でも使うであろう独特の跡で、カトルは眉を顰める。 「……ナマエ」 この部屋の主である名前を呟くカトルの元に、騒騒しい音が耳に入った。 「カトル准将!」 「…なんだ」 「す、朱雀の捕虜が逃走しました!その、ミョウジ博士が…逃走に肩入れした模様でして…」 「そうか…すぐ行く」 カトルは握り拳を作り、奥歯を噛み締める。そして静かに立ち上がると踵を返しその場を後にした。 [*前] | [次#] [戻る] |