真実



 真っ暗の中、なんとか拘束から逃れようとするけれど、頑丈な造りをしているのか全く外れる気配がない。焦燥感に駆られていると、不意に彼女の声が聞こえ、眉を顰めた。
 あり得ない。こんなところに彼女が来るはずがない。きっと幻聴だろう。


「(…幻聴、とか)」


 それこそあり得ないと嘲笑する。彼女のことを考えすぎて頭がおかしくなってしまったのだろうか。俺らしくない。こんなところ、彼女に見られたら呆れられてしまうだろうな、と苦笑を溢した。


「……さん!」
「!?」


 また彼女の声が耳に入る。二度目の幻聴があるものかと目を見開いて、鉄格子のほうへ視線を向けた。微かに光が見えた気がして、俺は鉄格子に向かって這いずっていく。ふと足音が聞こえてきて、思わず顔を上げた。
 そこには確かに明かりがある。けれど、その明かりがどんな風に辺りを照らしているのかわからない。言うなればそれは火の玉に似ていた。


「なっ、ナツさん!!」
「…?(は…ナマエ…?)」


 彼女の名前を心の中で呟いて前を見据える。しかし、彼女の姿が見当たるはずもなく呆気にとられるしかなかった。まさか、あの火の玉のような明かりが彼女だというのか?
 呆然とするしかない俺の耳に、また彼女の声が聞こえてくる。


「大丈夫ですか、ナツさん!」
「んぐ……(なんで明かりが…?つか幻聴…なわけねぇよな…)」


 声は聞こえるのに姿は見当たらない。幻聴にしては現実的すぎる。俺の耳がおかしいわけでもないし、今彼女がどこにいてどんな状況なのかさっぱりだった。
 不意に明かりが移動する。床にカラン、と置かれた音ともに現れたのはランタンだった。


「(ランタン…?意味、わかんねぇ…)」


 あの明かりの正体はこのランタンというわけか。それにしても何故いきなりランタンが現れたのだろうか。本当に今何が起こっているのか、俺にはわかるはずがなかった。
 次に異常が起きたのはスプレーの音と、パキパキ、という何かが急激に凍る音だった。ハッとして顔を上げると鉄格子の真ん中部分が真っ白に染まっているのが目に入る。そして、その鉄格子が何かに殴られたかのように突然割れた。


「っ…!?」
「ナツさん、大丈夫ですか!?」
「むっ…んんっ…?!」
「え?……あ」


 頭から徐々に現れる。数秒で姿を現したのは彼女だった。唖然となる俺に、彼女は自身の体を見て目を見開いた。
 なんで彼女が透明なんかになってるんだ?しかもどうやって透明になった?朱雀では一定の間透明になれる魔法があるけれど、彼女は朱雀の人間ではないから透明になれるはずがない。いや、今はそんなことよりも――。
 口を塞いでいた布が彼女の手によってほどかれる。俺は小さく息を吐いたあと、ゆっくりと彼女を見上げ、疑問をぶつけた。


「…はあ、…どうしてここに…?」
「…ナツさんを助けに来たんです」
「…………」
「少しじっとしててくださいね」


 そう言うなり彼女は俺の傍に腰を下ろし、何かの液体が入った霧吹きで拘束具にかける。それをじっと見守っていると、拘束具はみるみるうちに鉄格子同様に白く染まり、やがて完全に凍り付いた。両手に力を入れ拘束具から手を引き離そうとしたら、拘束具は真っ二つに割れて呆気なく解放された。同じように足の拘束具も霧吹きでかけられ、解放される。
 あの霧吹きが何なのかはともかく助かってよかった。そう思いながら手首を擦っていると、彼女から何かを差し出された。それを見て、彼女に目を移す。


「これ、回復薬です」
「……いいのか?」
「え?あ、大丈夫ですよ、いっぱい持ってきたのでひとつくらいなくなっても…」
「そうじゃなくて」


 俺が言いたいのはそれじゃない。そう言うかのように彼女を見つめると、俺の言いたいことを察したのか、ふっと笑みを浮かべた。


「もう覚悟を決めましたから」
「…そう、か」
「はい。だからナツさんは気にしないでください」


 どうぞ。彼女はそう言って俺に回復薬を差し出す。その手は微かに震えていた。
 ここまで来るのにどんな手を使ってきたのかはわからない。でも、彼女は自分の国を敵に回してでも俺を助けに来てくれた。それがどれだけ危険なことか、聡明な彼女なら考えればわかるだろう。それを振り切ってまでここに来たのは――。


「(……俺、だからか)」


 たかが半月過ごしただけなのに。そう思いながらナマエを見ると、彼女は怪訝そうに首を傾げていた。
 純粋にも程があるだろう。俺は今の今まで偽名を使って自分の本当の姿を隠していたのに、彼女はそれをいとも簡単に受け入れた。
 俺は彼女を傷付けた。それなのに、彼女は自国を捨ててまで俺を選んでくれた。それほど自分を想ってくれてるのだと思うと、正直嬉しくて仕方がなかった。


「ナツさん…?」
「……じゃない」
「え…?」
「俺の名前はナツなんかじゃない」


 覚悟を決めた彼女に嘘をつき続けるのはもう止めだ。誠意を見せてくれたのだからこちらもそれに応えるのが筋ってもんだろう。
 俺は彼女から回復薬を受け取る。そしてナマエの目をじっと見つめながら、俺は口を開いた。


「ナギ」
「な、ぎ?」
「そう。俺の本当の名前はナギ・ミナツチだ」
「ナギ・ミナツチ……」


 俺の名前を繰り返すナマエに俺は頷く。呆然としていたナマエは、ハッと我に返るなり慌てた素振りをして口を開いた。


「わ、私はナマエです!ナマエ・ミョウジです!」


 その言葉に唖然となる。そんなことずっと前から知っているのに、今さら自己紹介をされるなんて思わなかった俺は、つい吹き出してしまった。


「……ぷっ」
「!」
「はは、…知ってる」


 そう言って笑うと彼女は一瞬だけ目を見開き、そして照れ臭そうに笑みを浮かべた。不覚にもかわいい、なんて思ったのはここだけの秘密だ。


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