過失



 私の馬鹿。ドジ。間抜け。阿呆。馬鹿……もう本当に馬鹿。なんであんなこと口走っちゃったんだろう。なんであのタイミングで言ってしまったんだろう。ナツさんに言うつもりなんて、なかったのに。

 枕に顔を埋めて足をバタバタさせる。顔が熱い。また熱が上がってきたかもしれない。でもそれはきっと、あんなことを言ってしまったからだ。熱が上がるのも無理はない気がする。
 あのあと、私はお茶も飲まずにすぐ寝室に駆け込んだ。ナツさんの反応を見る余裕はなかった。もし、ナツさんの反応を見ていたら立ち直れない気がしたから。
 自然と溜め息が出る。明日からどんな顔してナツさんと会えばいいんだろう。憂鬱すぎて考えたくないのに、頭に浮かんでくるのはナツさんの姿だった。


「……もういっそのこと殺してほしい…」


 明日、彼の前に出ていくのが恥ずかしい。でも寝室で仕事はできないから必然的に研究室に行かなくてはいけないのだ。頭ではわかっているけれど、体がついていくかどうか。
 明日のことを思うと胸がズキズキと痛くなってきて、目頭が熱くなるのを感じながら枕に顔を押し付けた。







 危うく割るところだったカップを無人のテーブルに乗せる。さっきまでいた彼女は自分の発言を理解したあと、顔を真っ赤にさせて勢いよく寝室に駆け込んでいった。俺はそれを呆然と眺め、バタンと閉まる音で我に返ったところだ。


「(……マジか)」


 まさか告白されるなんて思わず、ただただ立ち尽くす。彼女に問いたい気持ちがあるけれど、問いかけたところで俺と彼女の関係が変わることはない。それくらい自分でもわかってるのに。
 目が覚めてからの彼女は、どことなく以前とは違う気がした。何かが吹っ切れたような、そんな雰囲気だった。実際、俺と話したときの言動がそうだ。まさか彼女がはっきりと俺の顔が見たいというなんて思わなかった。
 そのあと、俺の作ったお粥を幸せそうに食べるものだから、気まぐれであんな質問をしてみたが、その質問の返答に面を食らうことになるとは思いもよらなかった。
 俺は彼女のために作ったお茶を見つめる。彼女の行動が読めない。何があって彼女はあんなにはっきりと言うようになったのだろうか。


「(…まさか、バレたとか…?)」


 腕を組んで考え込む。いや、もしバレたとしたら彼女は俺を見て怯えるに違いない。目の前に暗殺者がいたら一般人なら怯むはずだ。彼女はただの研究者であり、そこまで肝が据わっているとは思えない。事実、俺がからかったのもほとんど真に受けていたし、あれが演技だとしたら彼女は間者に向いているだろう。まぁ、そんなことあるわけがないのだけれど。
 それにしてもじゃあどうしてあんな風になってしまったのか。俺にはさっぱりわからない。熱にうなされてる間、何か心境の変化でもあったのだろうか。


「(いや、そんなことよりも)」


 寝室へ続く扉をちらりと見る。彼女からの好意は気付いていたが、告白をされるなんて微塵も思っていなかった。その告白を聞いたとき、不覚にもドキッとしてしまったのは事実。女からの告白はそれなりにされているけれど、今までそんなことはなかった。
 諜報四課の仕事をしている俺にとって、誰かと付き合うなんて考えは端からなかったし、人間の嫌な部分をよく見てるからか俺は第三者との深入りを敬遠している。相手がいつ裏切るかわからないからこそ、そう対応しなければ、自分が殺されることだって十分に有り得るのだ。だから、女と付き合うとか考えられないし、ましてや親友を作るのだって以ての外。信じることができるのは自分自身だけだ。そう思ってたのに。


「(……もういっそのこと誰か俺を殺してくれ…)」


 俺は彼女を殺せない。殺したくない。何故かはわからないけれど、今の俺には彼女を手に掛けることはできない。クリスタルが忘れさせてくれる、そうわかっていても、俺は自らの手で彼女を殺すことはしたくなかった。
 自分がわからない。彼女のことをどうしたいのかもわからない。一体どうすればいいんだ、と自問自答していると不意に人が来る気配を察知する。慌てて仮面を被ると、タイミングよく扉をノックする音が聞こえた。俺は扉を開けて相手を見る。回りには二、三人の皇国兵。それを見た瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響く。


「…なんでしょう」
「お前に話がある。ついてこい」


 そう言うなり、二人の皇国兵が俺の隣に移動する。拒否権はなし、か。面倒なことになりそうだ、と舌打ちをしたくなるのを我慢して、彼女にあげるために作ったお茶のカップをちらりと見る。最後に声をかけるくらいすれば良かった、そう思いながら俺は研究室を後にした。


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