告白



 ナツさんの作ったお粥を口に運ぶ。作った本人は私の目の前に座って、私が食べるのを眺めていた。もちろん、仮面は外したままだ。


 あれから、ナツさんは満足げに笑って「ありがとうございます」とお礼を言いながら私の手から仮面を取ろうとした。私はそれを取られないように仮面を抱き締める。その行動にナツさんの顔が曇った。


「…ナマエ様は何がしたいんでしょう」
「な、ナツさんはそのままで居てください」
「は?……またどうして?」
「仮面がなくても、支障はないですよね?」
「まぁ、そうですね…ナマエ様は俺の顔を見ていたいのですか?」
「はい」
「……随分はっきり言いますね。ナマエ様がそうおっしゃるなら、このままでいさせてもらいますけど…」
「もちろんこの部屋にいるときだけ外してくれればいいですから」
「…承知致しました。では替えのスプーンを持ってきますね」


 そんなやりとりを数分前にしたばかりだ。口の中に広がるお粥の味はほっぺたが落ちそうなほど美味しい。次から次へと食べ続ける私に、ナツさんがくすくす笑いながら声をかけてきた。


「余程お腹が空いてたんですね」
「空いてた、というか…お粥が美味しすぎるんです」
「そうですか?普通だと思いますけど」
「ナツさんて料理もできるんですね」
「たかがお粥で大袈裟ですよ」
「たかがお粥でも本当にそう思ったんです。た、たまには素直に受け取ってください」
「…ありがとうございます」


 そう言ってナツさんはフッと柔らかく微笑む。思わず見惚れてしまいそうになるけれどすぐに我に返り、お粥をスプーンで掬った。
 ひたすらお粥だけを食べていると、不意にナツさんの声が耳に入る。


「ナマエ様は、今楽しいですか?」
「へ?今ですか?」
「はい」
「…今は楽しいです」
「それは何故です?」


 何かを探ってくるようなナツさんの問い掛けに、私は手を止めて彼をじっと見つめた。


「…ナツさん」
「はい?」
「ナツさんがいるからです」
「……そう、ですか」
「そうなんです」


 ナツさんにそう言うと彼は何故か苦笑いを浮かべた。それが何の意味を持つのかわからない。でも、彼を目の前にして臆することなく言えたことに私は安堵した。
 ふとナツさんの目にかかる髪の毛が目に映る。前髪が邪魔そうだし、前髪を留めればいいのに。髪の毛を留めるようなものあったかな…あ、あれなら。


「?ナマエ様?」
「ちょっと、待っててください」


 不意に立ち上がった私にナツさんはきょとんとする。私は寝室に入ってドレッサーの引き出しをあけると、ある物を手にとった。それを持ってナツさんのところに戻る。ナツさんは怪訝な面持ちで私を見つめていて、そんな彼に向かって私はチョコボの絵が描かれている髪留めを差し出した。


「?なんですか、それ」
「髪留めです。ナツさんにあげます」
「えっ?!いやいや、いいですよ!ていうかなんで髪留めを俺に?」


 珍しく慌てふためくナツさんに思わず笑ってしまう。ナツさんの驚く姿を見ることができて少し得した気分になった。


「前髪、邪魔そうだったので」
「前髪…?」
「仮面がないときはいつもそのまんまなんですか?」
「あー…仮面がないときはいつもバンダナして…」


 そこまで言いかけてナツさんは口を閉じる。黙りこくるナツさんに私は首を傾げていたら、不意にナツさんの腕が動いて、私の手から髪留めを手に取る。そして前髪を束ねて額の少し上辺りに髪を留めると、ナツさんは顔をあげてニッと笑った。


「どうでしょう?」
「…え、あ、うん!いいと思う!」


 前髪で隠れていた顔全体が見えるようになってより一層端麗な顔が際立つ。私は慌ててナツさんから顔を逸らして椅子に座った。食べかけのお粥にまた手をつける。
 お粥を頬張りながらふとさっきナツさんが言った言葉を思い出す。バンダナがどうとか言っていたけど、普段はバンダナをしているのだろうか。だとしたら、どんなバンダナをしてるんだろう。そう思いながらボーッとしていたら、ナツさんが目の前で手を左右に振っているのに気付いた。


「わ…!?」
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい、ボーッとしてました」
「俺に見惚れてたんじゃなかったんですか?」
「えぇ?!ち、違うに決まってるじゃないですか!」
「…冗談ですよ。そんな必死に否定されるなんて…俺、傷付きました」


 肩を小さく落として恨めしそうにナツさんが私を見る。そんな目で私を見ないでほしい。ナツさんはしばらくそういう目で私を見てくるせいで、段々私が悪いような気さえしてきてしまう。
 最後の一口を食べてスプーンを置く。ナツさんは空になった器を持って流しに持っていった。私たちの間に微妙な空気が流れる。黙ったままのナツさんを見て、機嫌を悪くしてしまったのだろうかと不安になってきた。


「あ、あの、ナツさん…?」
「ん?なんですか?あ、お茶飲みます?」
「え?あ、じゃあ、お願いします…」


 そう言ったあとにハッとなって首を横に振る。ナツさんのペースにハマっちゃ駄目だ。おそるおそるナツさんを見て、小さく息を吐く。そして意を決して口を開いた。


「ナツさん!」
「?、はい?」


 あれ、普通の反応。
 思いの外普通の反応をするナツさんに、私は言葉が詰まってしまった。そんな私をナツさんはきょとんとした顔で見つめる。何を言うのか忘れた私は、自分でも思いがけない言葉を口にしてしまった。


「すき、です」
「……え?」
「…え?」


 目を見開くナツさんを見て、自分が何を言ったのか理解した時には後の祭りだった。

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