その紙を眺めていたら不意に扉の開く音が聞こえ、私は慌てて紙を置き、椅子に深く座り直した。 「ナマエ様…?」 「あ、えぇと、こ、こんばんは、ナツさん」 「もう起きてて大丈夫なんですか?」 ナツさんの言葉に頷くと、ナツさんは「それならよかったです」と言ってキッチンに向かった。私が起きていることに彼は全く動じない。こういうことに相当慣れているのだろう。 多分ナツさんは私が盗み聞きしていたことを知らないはず。でも私だけが知ってるというのもなんだか気まずい。ナツさんとどう接すればいいのか悩んでいると、ナツさんが私の名前を呼んだ。 「ナマエ様」 「は、はい?!」 「食欲はありますか?」 「食欲、ですか?」 食欲と聞かれ、そういえば夕ご飯を食べずに寝てしまったことを思い出す。他のことばかり考えていたからかご飯のことなどすっかり忘れていた。食欲はあるかと言われればあるのだけれど、今は固形物を食べたい気分ではない。 そう考えていたらふと何かの匂いが鼻を擽る。そのいい匂いにナツさんへ視線を向けると、彼は微笑を浮かべた。 「お粥作ったんですけど、どうでしょう?」 「…食べます」 「では温め直しますので少々お待ちください」 そう言うとナツさんはキッチンの奥へと入っていく。私は研究机の椅子から下りて、テーブルのほうの椅子に腰をかけた。 テーブルに肘をついてキッチンを見据える。 「(…本当は、どんな人なのかな)」 今のナツさんが仮の姿なのだと思うと、どんな人なのかますます気になってきた。これでも私は研究者の端くれだ。気になったものができて自分の中にある枷が外れると、どこまでも追求してしまう癖がある。枷が外れてしまった今、ナツさんの存在全てを知りたくなった。 まず私はナツさんの外見を凝視する。確か、蒼龍の人は背が小さく小柄で、玄武の人は逆に身体が大きい、と何かの資料で見た気がする。それを元に考えるとナツさんの身体は小柄でもなく、だからといって大柄でもない。そして白虎の人間ではないことから、彼は朱雀の人間とみた。もしかしたら蒼龍や玄武に雇われた元朱雀の人間という説も頭に浮かんだが、その可能性は低いだろう。何故なら、蒼龍は研究者を攫うのが目的であり、朱雀は研究者を暗殺するのが目的だから。 「(…あれ。でもそれなら、ナツさんはなんで私を殺さないんだろう)」 ナツさんが私の護衛についてもう半月は経っていた。蒼龍に雇われたのなら既に私を攫っていてもおかしくない。暗殺するのが目的なら、護衛についてすぐ殺してしまえばよかったのに、今までそういう気配は感じられなかった。 資料を仲間に渡すため。それもあるかもしれないけれど、資料を回収するのだって殺してからでも遅くはないだろう。何だってナツさんは私を生かしているのか。 「(ていうか、私、さっきまで寝込んでたよね……)」 寝込むくらい具合の悪い私を、ナツさんは殺すどころか看病に回っている。取り分け力もない私を殺すことくらい容易いだろうに、未だに私を生かしているだなんて、彼は一体なにを考えているのだろう。 「(う〜…頭痛くなってきた〜…)」 「ナマエ様、お待たせしました」 「わあぁっ!?」 「うわっ?!」 考え込んでいたせいか、ナツさんがいつの間に私の側に来ていたことに気付かず、声をあげてしまった。私の声にビックリしたのかナツさんも声をあげる。その拍子でスプーンが床に落ちてしまった。 「す、すみません…!」 「いえ、こちらこそ驚かせてしまって申し訳ありません。新しいスプーン持ってきますね」 そう言いながら床に落ちてしまったスプーンを拾うため体を屈める。そのとき、ナツさんの仮面が目に入った。 『俺の素顔を見たいならナマエ様が俺の仮面を取ってください』 あの時言ったナツさんの言葉が脳裏を過る。 あれが嘘ではなく本当だったら、私がナツさんを見たかったら、仮面を外してもいいんだよね?見たいなら仮面を取ってもいいって言ったのはナツさんなんだから。 私は生唾を飲み込んで、そっと手を伸ばす。手が仮面に触れると、ナツさんがピクリと肩を揺らした。でも、彼は退こうとしない。むしろ取られるのを望んでいるかのように、その場にじっと屈んだままだった。 仮面を持つ手に力を入れる。それをゆっくり持ち上げていくと、仮面から金色の髪の毛がはらはらと落ちた。仮面を取り外した私は、金色の髪の毛に思わず見惚れてしまう。不意にナツさんが立ち上がる。ハッと我に返った私は彼を見上げた。 「あ……」 ナツさんの瞳が私を捉える。朱色の瞳に、金色の髪の毛。目鼻立ちも整っていて、美少年と言うに相応しいような容姿をしていた。呆然とする私に、ナツさんの口角が上がる。 「…ご感想は?」 「えっ…」 「是非、聞かせてください」 「えぇー……」 感想と言われても、どう言えばいいのかわからない。ナツさんの容姿が想像以上に整っているせいで、どぎまぎしてしまう。顔も心なしか熱くなってきた。 狼狽える私に、突然ナツさんは跪いて私と視線を合わせる。じっと見つめてくるものだから、私はナツさんから視線を逸らしながら呟いた。 「……こいいです」 「聞こえません」 「か、かっこいい!です…!」 そう言いきったあと、物凄い後悔と羞恥が私を襲う。ああ、もう穴があったら入りたい。それくらい恥ずかしくて、きっと今の私はだらしない顔をしているんだろうなと思ったら、今すぐ逃げ出してしまいたかった。 [*前] | [次#] [戻る] |