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 それから私たちは朱雀の人たちが来るまで、ホテルで思い思いに過ごしていた。
 しかしジャックは私の側を離れなかった。どこに行こうとしても必ず着いてくるし、女子トイレにまで着いてこようとしていた。たまたまそれを偶然見掛けたトレイが慌ててジャックを引き摺って行ってくれたからよかったものの、もし女子トイレに入ろうとしたならばジャックはどうなっていたかわからないだろう。
 ホッと一息つき女子トイレの扉を開けると、手洗い場で口を手にあてて苦しそうにしているレムさんが目に入った。私は慌ててレムさんに駆け寄ると、私に気付いたレムさんはホッと安堵の息を洩らしたのがわかった。


「はぁ、メイさん、だったんだ。よかった…メイさんで…」
「レムさん、まさか病気が…」
「ちっ違うの…はぁ、これ薬の副作用、だよ」


 そういえば、とレムさんとドクター・アレシアのやりとりを思い出す。薬の副作用によって夜になるとひどい痛みがあるかもしれない、とアレシアが言っていた。
 私はレムさんの背中を擦り時折廊下の様子を見る。0組には知られたくないと言っていたから、バレないようにと他の子がトイレに来ないよう見ていた。
 少ししてようやく落ち着いたレムさんが顔を上げ、苦笑を浮かべる。


「ごめんなさい、気を遣わせちゃって…」
「ううん、気にしないで。それよりも身体は大丈夫?」
「うん、なんとか…メイさんはトイレはいいの?」
「あ、忘れてた」


 そう言うとレムさんはクスリと笑った。かわいいなぁ、と思いながらトイレへと駆け込み用を足す。トイレから出て手を洗い、扉を開けるとレムさんが壁にもたれて待っていてくれていた。


「待ってなくてもよかったのに」
「待っていたかったの」


 レムさんを見る限り、薬の副作用は相当酷いものらしい。もう身体はしんどくないみたいで、私もホッとひと安心する。


「ふふ、」
「?どうしたの、急に」
「メイさん、もう0組の一員みたいで笑っちゃった」
「一員って…」


 冗談じゃない。私は0組みたいに強くもなければ個性的でもない。ごくごく普通な候補生に過ぎないというのに、レムさんはそれを否定した。


「0組の人たちからもいつの間にか信頼されてるじゃない」
「えぇ…?さっきまで私、疑われてたよ」
「そうかなぁ、信じられないっていう顔はしてたけど、疑ってるような顔はしてなかったと思うなぁ」


 まさか、トレイなんて私に質問攻めしてきたじゃないか、と言ったらあれは事実確認だよ、と言いサイスさんは私を明らかに疑ってるよと言えば、サイスはきっとメイさんのこと信じようとしてるんじゃないかな、とことごとく返された。
 何故かレムさんは嬉しそうに言うから、なんで嬉しそうなの、と問い掛ける。そしたらレムさんは少しだけ黙って、私に振り返った。


「メイさんってお姉さんみたいで」
「お姉さん?」
「そう、私の村が焼かれちゃって今はもうマキナしかいないから、…でもメイさんと話してるとどこか安心できるんだ」
「…そう、なんだ」


 この子の村も、焼かれてしまったのか。嬉しそうに笑うレムさんに、私は微笑むことしかできなかった。