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 クリスタリウムに入り歴史資料がたくさんある本棚を見ていたら、入り口からにこにこしながらこっちに向かってくるジャックの姿が目の端に映った。私は本棚へ伸ばしていた手を引っ込めてジャックへと体を向けた。


「メイー!」
「こら、ジャック。ここでは静かにしなさい」
「はーい」


 素直に言うことを聞くジャックに、まるで弟ができたみたいだと思った。そんなこと口には絶対できないが。
 ジャックは私に近付くとさりげなく手を取り握ってきた。それが自然すぎて拒否するタイミングを完全に逃してしまった。


「あれ、キミは0組の…」
「げっ…」


 私とジャックの前に現れたのは、武装研究ギルドの研究者の一人、カヅサさんだった。この人の噂は私の耳にも届いていて容姿だけは見たことはあるが、こうして対面するのは初めてだ。
 爽やかな笑みを浮かべるカヅサさんは、ジャックに一歩近付くと慌てて私の背後へ逃げる。私の身体にジャックの身体が完全に隠れられるわけないのに。


「キミは9組のメイ君だね」
「え、初対面ですよね?」
「クラサメ君から話を少し聞いたんだ。ボクはカヅサ、よろしくね」


 スッと片手を出すカヅサさんに私も応えようと片手を出そうとしたが、ジャックに止められてしまった。文句を言おうとジャックに顔を向けると、さっきよりも顔色が悪くなっていた。


「だっ、ダメダメダメ!メイ!この人すっごい危ない奴だから近寄っちゃダメだからね!」
「ど、どういう…」
「チッ」


 ジャックにどういうことだと言おうとしたら、カヅサさんのほうから微かに舌打ちが聞こえた。カヅサさんが舌打ちをしたのだと確信すると共に心の中でジャックに感謝する。
 カヅサさんは未だ爽やかな笑みを浮かべながら私に、今度手伝ってほしいことがあるんだけど、と切り出した。ジャックは私の腕を掴み、私を自分の少し後ろへと誘導させ、カヅサさんを睨み付ける。この時ジャックが青い顔をしていたのに私は気付いたが、ジャックのためにも知らん顔をすることにした。


「わかった、わかったからそんな青い顔をしてボクを睨み付けるのはやめてくれないかな」
「メイに手出したらいくら朱雀の人間だからって許さないからね!」
「ああ、メイ君には手を出さない。約束する」


 カヅサさんがそう言うとジャックはハァと深いため息を吐く。カヅサさんは苦笑しながらメイ君は愛されてるね、と言い出した。あ、愛されてるって…。


「じゃ、メイ君の代わりに君がやってくれるんだよね?」
「え!?ぼっ…僕…こ、これからメイと用があるから無理!それじゃ!」
「わっ!?」


 ジャックは私の手を取って入り口まで走った。私はカヅサさんを盗み見ると顎に手を当てて愉快そうにこちらを見つめていた。あんまり関わらないでおこう。私はそう肝に銘じた。



 エントランスに出るとジャックは私に向き直る。


「はぁ…あの人に絶対近付いちゃダメだからね、僕みたいに……あぁぁ思い出したくないー!」
「な、何があったのかわかんないけど…カヅサさんにはあんまり関わらないから大丈夫」
「絶対だからね!」


 顔を真っ青にして言うジャックに何があったか本当は聞きたかったが、思い出させるのは悪いからやめておく。エントランスにある椅子に2人して座るとそういえば、とジャックが思い出したように切り出した。


「さっきは何探してたのー?」
「え、あぁ…ちょっとね」
「言えないこと?」
「そういうわけじゃないけど…、…歴史について学ぼうかなって思って」
「歴史かぁ」


 ジャックに変に怪しまれるのも嫌なので多少ぼかして伝える。あながち間違ってはいないだろう。
 ジャックは歴史という単語にしばし沈黙しやっと喋ったかと思ったら何も隠してないよね、と言った。それに内心ドキッとしたが、ジャックに悟られないように何も隠してないよ、と言うとジャックは安心したのか頬を緩ませた。
 そんなジャックに私は罪悪感を感じるのだった。


(ジャック、)
(うん?)
(今度の任務も、頑張ってね)