さて、どうしたものか。

 つい5日前会ったばかりのジャックさんが、何故か私の目の前にいらっしゃいます。クリスタリウムからエントランスに出たとき、まさに私を待ってたぜ、というように腕を組みながら壁に背中をついてこちらをにこにこと笑っていました。
 私はそれを華麗にスルーしようとするが、ガッチリ腕を掴まれてしまいジャックに捕まってしまったのだ。
 この子は一体なんなんだ。私に何のようがあるのだろう。


「やーやっと捕まえたー。ナギに聞いたらだいたいクリスタリウムにいるぜーて言ってたのにさー。全然捕まんないんだもん」
「……何か、用?探してたってことは何か急用?」
「いんやー。なんかー話したかった?」
「…私に聞かれても…!」


 にこにこと笑顔を絶やさないジャックに溜め息を吐く。この子は今までずっとクリスタリウムの前に居たのだろうか。いや、クリスタリウムの前にいたとしても私が見つかるわけがない。
 私はジャックと出会った日から今日まで任務に出ていたからだ。ナギも私が任務なのを知っているはず。つまりジャックはナギにからかわれた、ということになる。
 まったくガキなんだからと思いつつ腕を離そうとしないジャックに「私は逃げも隠れもしないから離して」と言った。


「ほんとに探してたんだよー?」
「はいはい、わかったから…」


 何故か私はこの子に気に入られたらしい。そこまでして私を待つ理由はなんなのか、そう頭の中で考えてもわかるはずがない。ジャックの考えてることなんて私にはわからないのだから。
 ジャックはすんなりとはいかなかったものの、腕から手を離す。本当はこのまま逃走してもよかったのだが、5日間も私を待っていたのかと思うと良心が傷むからやめた。とりあえず後でナギを絞めておこう。


「ここじゃ何だし、サロンにでも行かない?」
「うん!」


 嬉しそうに返事をするジャックを見て苦笑する。
 こんな見た目普通な子がまさか0組だなんて。実は裏表激しかったりするのだろうか。そんなどうでもいいことが頭の中を駆け巡る。
 私は9組に所属し、諜報部に関わっていることから、人を簡単に信じることができないでいた。だからなのか、関わろうとしてくる奴は全員疑ってきた。ジャックも実は何か裏があるんじゃないか、と疑ったが今回はナギのせいでこんなことになってしまったので付き合うことにした。



*     *     *



 サロンに移動してソファに座る。何故かジャックが隣に座っていて一瞬思考が止まった。
 何当たり前のように座ってるんだろう。


「…そっちのソファに座りなよ」
「えー!いいじゃん、長いソファなんだしさー。それに近いほうが喋りやすいでしょー?」
「え…そんな近かったら逆に喋り難いんだけど。私は」
「アハハー全くメイはわがままだなー」
「(いやアンタがな…!)」


 そう言いたいのをぐっと堪える。言い返したところでまた気の抜けた返事が返ってくるだろうと思ったからだ。ここは私が大人になるしかない。


「ねぇねぇ」
「…なんでしょう」


 結局隣に座ったままのジャックが身を乗り出して私に声をかける。整った顔が目の前にドアップできたので、身体を後ろに引いた。


「メイとナギはさー幼馴染なんでしょ?レムとマキナみたいな感じじゃないのー?」
「…レムとマキナ?ごめんジャック、私その人たち知らない」
「あれー、知らない?えっとね、レムとマキナも幼馴染でーお互い信頼しててーお互い心配してたりーいっつも一緒にいてー」
「ちょい待ち。あのねジャック、私とナギが幼馴染だからってその人たちみたいに仲が良いわけじゃないの。その人たちはお互い大切な人同士なんだろうけど、生憎私とナギはそんなんじゃないから!」


 なるほど、0組には私とナギのように幼馴染がいて、その人たちはお互いが思いあっていて、だから私とナギも実は思いあっている、とジャックは思っているわけだ。
 私がそう断言するとまたへらりと笑い、そうなんだーと返ってきた。一体ジャックはわかっているのかわかっていないのか。いや、だったら私も聞きたいことがある。


「ねえ、ジャック。質問していい?」
「んー?なぁにー?」
「なんでジャックは私と話したかったの?」


 そう言うとジャックはきょとんとした。その後うーん、と唸り首を捻る。
 なんだそのかわいいしぐさ。私には到底できない。


「……なんでだろう?」
「いやだから私に聞かれても」
「んーメイと会ったときから、メイとは絶対話さなきゃーみたいな感情?てのがなんでか湧いてきたんだよねー」
「……へぇ」


 ジャックの言っている意味がわかるようでわからない。でもどこか深い意味が感じられた。


「だから、これからもよろしくー」
「……はぁ」


 よくわからないが一応返事はしておく。ジャックの屈託ない笑顔を見たら、私はよろしくしたくないから、なんて言えるはずがなかった。