299




 僕たちはチョコボに乗って朱雀を後にする。任務地であるローシャナ州に向かう途中、頭の中でずっとメイのことを考えていた。
 教室を出る前にメイと交わした会話、目線は合わせてくれたけれど心ここにあらずといった感じだった。いつもの様子じゃないことに気がついて声をかけようとしたけれど、キングに邪魔されてしまいそれは叶わなかった。
 今頃何をしているんだろう。何を悩んでいるんだろう。こういう時、そばにいて支えてあげたい。メイの笑顔が見たい。
 何かしてあげたいのにできないもどかしさだけが僕の中に残っていた。

 国境を越えてから、ふと思い立つ。COMMを繋げばいいんだ。少しでもメイの力になりたいし、悩んでいたら一緒に悩んで解決してあげたいから。
 思い立ったらなんとやら、と僕はすぐCOMMでメイに繋いだ。


「………でない」


 COMMは反応せず、ずっと無音のまま。任務地に着くまで何度も通信を試みるも、結局それが繋がることはなかった。


「ジャック?どうかしたのか?」
「…あははー、乗り物酔いしちゃったかもー」
「大丈夫か?」
「平気平気。さーて、任務開始しよー」


 エースに問われ、苦し紛れに答える。余計な心配をかけるわけにはいかないし、悟られるわけにもいかない。いつものように笑みを浮かべながら、右肩をグルリと回した。
 目の前に広がるのは大きな密林地帯。辺り一面木ばかりで、迷い込んだら出られるのに時間がかかりそうなほど。というか、出られることすら難しいかもしれない。


「おいジャック」
「ん?」
「お前これから任務だぞオイ。そんなんで大丈夫かよ」


 ナインはフンッと鼻を鳴らして小馬鹿にするような顔で僕を見る。ナインにまで心配されるなんて、少し気が抜けていたのかもしれない。


「ジャックん、ナインに心配されちゃあ、おしまいだねぇ〜」
「アァン?んだよシンク」
「僕は全然なんともないよー、それよりナインの方こそ迷子にならないようにね」
「はん、オレが迷子になるように見えるか?あぁ?」
「「見える」」


 シンクと共にうなずくとナインは顔を引きつらせる。そしてナインの怒号がくるかと思いきや、それをさせないかのようにキングが声をあげた。


「お前たち、そこまでにして任務開始するぞ」
「はぁーい」
「こらジャックてめっ」
「ナイン!行きますよ!」


 そうクイーンが諫めると、ナインは舌打ちをして足早に先頭を行く。ナインの後をクイーンが慌てて追いかけ、僕たちもそれに続き密林へと足を踏み出した。

 密林の中は霧が濃ゆいせいなのか思ったよりもずっと視界が悪く、気を抜けばみんなの姿がすぐ見えなくなるくらいだ。


「霧が濃ゆいな…はぐれたら合流するのか難しそうだ」
「そうですね、できるだけ固まって動きましょう」
「ナインに首紐くくっとこうかぁ?」
「オレはチョコボじゃねーぞコラ!」
「あはは、冗談だよー」


 霧が濃ゆい中、モンスターを倒しつつ進んでいく。敵の数はそこそこといったところか。だけど、強さは苦戦するようなレベルではない。
 シンクやナインが敵に向かって突撃していき、キングやクイーン、エースがそれをフォローしてくれるおかげで作戦は順調だった。


(僕は適度にサボろうっと)


 ほどほどに弱らせておけば他のメンバーがトドメをさしてくれるだろう。そう思いつつ、敵を斬り付けていく。思った通り、後ろからキングの銃弾が弱ったモンスターを撃ち倒した。


「お前、わざと弱らせてるな?」
「あ、バレたぁ?」
「…はぁ」


 キングには僕の思惑が見透かされているらしく、溜め息を吐かれてしまった。
 モンスターのファントマを回収し終えた僕は、ふと目の端に人が映った。仲間かな、そう思いながら目線を移すけれど、霧が濃ゆいせいかはっきり見えない。体型からして女子だろう。だとしたら、クイーンかシンクだろうか。


「そこにいるのクイーン?シンクー?」
「…………」
「ねぇー?」


 呼びかけるけれど返答がない。聞こえていないのかはたまた無視されているのか。女の影はスッと消えてしまった。
 クイーンやシンクではなかったとしたら、もしかしてモンスターの他にも人間がいるのだろうか。首を傾げつつも他のメンバーを呼んでみることにした。


「キングー!ナイーン、エースー?」


 名前を呼びつつ、周りを見渡すけれど、返答はおろか姿も見えない。さっきまで聞こえていた戦闘の音すらも無くなっていた。
 キングの銃声、ナインの走る音や大きな声。シンクの地面を叩きつける音、エースのカードが飛ぶ音も、クイーンの叱責する声すらも僕の耳には入ってこなかった。


「まさか、はぐれた…?」


 そんな遠くに移動した記憶はない。むしろさっきまでキングが後ろにいたはずだし、みんなの近くにずっといたつもりだった。こんな短時間でみんなとはぐれてしまうなんて思いもよらなかった。


「…しょうがない、か」


 これだけ霧が濃ゆければ、はぐれてしまったのも仕方ない気がする。とりあえず連絡しよう。そう思いつつCOMMで連絡をとろうとするけれど、なぜか繋がらない。


「うへぇ、やばいなぁ…どうしよう」


 ここに来るまでは問題なく使えていたのだから機械の故障というわけでもなさそうだ。かといって、通信障害を起こしている可能性もおそらく低い。


「まっ、何とかなるかー」


 ここは前向きに考えて、僕は両手を上にあげて伸びをする。
 ふと先ほど消えていった影のことを思い出し、その方向に視線を向けてみた。すると、消えていた女の影がうっすらと浮かび上がる。
 0組のメンバーじゃなければ、誰だろう。自身に好奇心が湧いてくる。他の仲間がいないのならば、いっそその影を追うのもありかもしれない。
 不思議と女の影に嫌な感じはしなかった僕は、人影に向かって足を動かした。