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「えー!僕も行くの?!」 ジャックの大きな声が耳に入る。反射的に顔を声のした方へ向けると、ジャックが席を立って何やら文句を言っていた。不意にジャックが後ろを振り返る。 「!」 バチッと目が合ってしまい、思わず顔をそらしてしまう。今の私にはジャックを直視できる自信はない。 「ジャック、いい加減にしなさい。これは決定事項です」 「…拒否権は」 「ないですね」 「はぁい…」 クイーンの眼鏡が光る。ジャックは観念したのか、渋々席に座った。 「では、今回の任務はエース、シンク、ナイン、ジャック、キング、私で行ってきます」 「わかりました、気をつけてくださいね」 「ナインー、一人で突っ走っちゃだめだからねー」 「わぁってるっつーの。ったくジャックじゃあるめーし」 「別に僕一人で突っ走ってるわけじゃないんだけどなぁ。ねぇ、メイ」 「え?」 話を突然振られて反応が遅れる。なんて返そうか考えあぐねていると、クイーンが話を終わらせるように手を大きく叩いた。 「メンバーも決まりましたし、早速向かいましょう」 「え〜、もう行くのぉ〜?」 「行き先はローシャナ州ですからね。エース、チョコボの準備を」 「わかった」 エースは返事をしたあと、教室を後にする。それに続いて、シンクとナイン、クイーンも続き、ジャックはやれやれ、といった感じで席を立った。そして、私の席へと向かってくる。 「メイー」 「…ん?」 「行ってくるねぇ」 「うん…行ってらっしゃい」 ジャックの目線に合わせて、できるだけ自然に見えるように言う。しかし、ジャックは何かを感じ取ったのか、口を開きかけるけれどそれは叶わなかった。 「ジャック、行くぞ」 「ぐえ」 キングがジャックのマントを引っ張る。そのまま引き摺られるようにジャックはキングと一緒に教室から出ていった。それを見送ったあと他のみんなも各々立ち上がり、教室を出て行く。ケイトにリフレに行かないかと声をかけられたけれど、そんな気分にはなれず首を横に振った。そんな私を不思議そうにしながらケイトたちも教室を後にする。 そうして教室に残ったのは、ナギと私だけだった。 「メイ」 「………」 「メイ?」 「えっ、な、なに?」 「お前大丈夫か?」 顔を覗き込んでくるナギに私は慌てて顔をそらす。ナギはきっと私がおかしいことに気が付いているだろう。何か言われる前に、と私は腰をあげた。 「大丈夫、ごめんね」 「なんかあったのか?」 「ううん、なにも」 心配そうにするナギを見て見ぬ振りをして、背中を向ける。 「じゃあ、私も行くね」 「…ちょっと待て」 ナギは教室を出ようとする私の手を咄嗟に掴む。手から伝わるナギの温もりを感じた瞬間、私は思わずその手を振り離してしまった。 「!」 「あ…ごめん…」 やってしまった。そう思いながら、ちらりとナギの顔を見ると、驚いているのか目を開いて私を見ている。私とナギの間に長いようで短い沈黙が続いた後、その空気に耐えられなかった私は、ナギから逃げるように教室を後にした。 そのまま廊下を突き進み、エントランスに出る。ナギの手を振り離してしまった手を見て、大きく息を吐いた。思えば、エイボンの奪回作戦の時もナギに腕を引っ張られた際、サンダーを放っている。場面は違えど、それと似たような形をまたやってしまった。きっとまた、ナギを傷付けた。 「何、してるんだろ、私」 無性に泣きたくなる。何とかそれに堪えながら、私はフラフラと歩を進めた。 正直、自分の気持ちを伝えるのがこんなにも怖いことだと思わなかった。私がジャックに気持ちを伝えれば、ナギとの築き上げていた関係が崩れてしまう。もう、元には戻れなくなるかもしれない。それがこんなにも怖いことだったなんて。 「…怖いのは、ナギもジャックも、一緒なのかな…」 トキトさんやシノさんも、こんな気持ちだったのだろうか。後悔しないようにと、自分の気持ちを相手に伝えることは良いことだと思う。だけど、伝えたあとは?そのあとの関係は、一体どうなるの? 「………」 不意に足が止まる。 ジャックとは自分で言うのも何だが、お互い気持ちは同じだろう。だから、ナギの気持ちには応えられない。私はそれをはっきりと断るのが心苦しいし、その後ナギとの関係が悪くなるのも嫌だった。 物凄く自分勝手だと思う。わがままだし、欲張りだ。確か以前にもそんなことを思っていたな、と思い出す。あの出来事を覚えていると言うことはナギのことが好きだと言っていた女の子も、きっとまだ生きているのだろう。 「はあ〜…」 「どうしたの、大きな溜め息吐いちゃって」 「!か、カヅサさん…」 顔をあげるといつの間にいたのか、カヅサさんが私のことを覗き込んでいるのが目に入った。悩みを吐き出したいのを堪えながら、私は振り絞るように口を開いた。 「なんでもないです」 「ふーん?何にもないようには見えないけどねぇ……そうだ、エミナからお土産で紅茶をもらったんだ。御馳走するよ」 「えっいや、いいですよ!」 「遠慮言わずに」 カヅサさんはそう言って私の手を掴んで離さない。カヅサさんを見上げると、逃がさないと言わんばかりの笑みを浮かべていて、私は観念するしかなかった。 研究所に入ると、カヅサさんは手を離してポットのある机に向かう。ガサガサと音を立てるカヅサさんを横目に私は端っこにある椅子に座った。 未だ眠っているクラサメ隊長をぼーっと見つめていたら、目の前にティーカップが現れた。優しい香りが鼻孔をくすぐる。ちらりとカヅサさんを見ると、安心させるかのようにニコリと笑みを作った。 「どうぞ」 「…ありがとう、ございます」 「どういたしまして」 おずおずとそれを受け取ると、カヅサさんは両腕を上にあげて伸びをした。 「じゃあボクは少し用があるから行くけど、大丈夫かい?」 「あ、はい。なんかごめんなさい…」 「ふふ、謝ることはないよ。こういう時くらい甘えてもいいんだからね」 そう言って、カヅサさんは私の肩をポンと軽く叩く。そして、飲んだら机の上に置いておいて、と言い残して研究所から出て行った。 1人残された私はティーカップを見つめる。ジャックの気持ちとナギの気持ち、どっち付かずな自分が嫌になる。はっきりさせないといけないのに、物凄く気が重い。それは彼らと一緒に過ごせば過ごすほど、私に大きくのしかかった。 この場から逃げ出したい衝動に駆られる。すっかり冷めてしまったであろう紅茶の水面から映し出されたのは、沈んだ表情をした自分だった。
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