綺麗な緑色の光と小さな決意


 これはまだ自分がマザーのところに行く前の話。

 確か親の都合か何かで来た村があった。たしかそこで魔法を教わった気がする。そこで出会った人の顔や名前はほとんど覚えていない。そこにいた記憶が曖昧なのはきっとクリスタルのせいかもしれない。
 ただ、僕が断片的に覚えているのは、そこで誰かにからかわれて、ヘラヘラするしかなかった、そんな小さき頃の記憶。



 僕は魔法を扱うのは苦手だった。詠唱を覚えるのがあまり得意ではなくて、魔法よりも自分の体を動かす方が得意だったと思う。
 だけど朱雀は魔法の国と謳ってるだけあって、周りの子はほとんどが魔法を取得していた。


「お前の魔法って不完全って感じするよな」
「え、あー…あはは、そうかもねぇ」
「魔法扱えないとかこの先大丈夫?」
「うーん、多分どうにかなるよー」


 あの子達が自分を小馬鹿にしているのはいやでもわかる。ただ僕は本当に魔法が得意じゃないから、言われるがままにさせておくしかなかった。ここで言い争っても何も生まれない。そう、わかっていたから。
 あの子達は僕を毎日からかい続けていた。飽きないのだろうか。そんなことを思いながら、ヘラヘラとかわしていく。
 毎日言われるのは癪だったから、いつも授業が終わったあと、みんなから隠れるように魔法の練習をしていた。


「……うーん、なんでだろ」


 詠唱をしているのに出てくるのはほんの小さい緑色をした光。それは基本中の基本である回復魔法のケアルだ。ただ、全くと言っていいほど効果は出ない。


「魔法の才能ないのかなぁ僕」


 はぁ、と大きくため息をついて、空を見上げる。空は真っ赤に染まっていて少しだけ気味が悪かった。
 ケアルが使えないくらい、なんだと言うんだ。誰だって得意不得意があるのだから、魔法が不得意な分、得意分野である方を伸ばせばいいのに。かといって自分はまだ武器を持っていないから、得意分野を伸ばそうとしても伸ばせられないのだけど。
 口では言えない分、心の中で悪態をつく。こんなこと誰かに聞かれたりでもしたら、めんどくさいことになるに違いない。それだけは勘弁だ。


ジャリ…


 不意に地面を削るような音が聞こえ、そちらに顔を向ける。そこには自分とそうかわらない女の子がいて、彼女の双眸は真っ直ぐ僕をとらえていた。その女の子はこの村に来て初めて見る。


「こ、んにちは?」
「………こんにちは」


 とりあえず挨拶をしてみると、一呼吸おいて返ってきた。でもそれ以降は続かない。黙りとしたまま僕達の間には時間が流れる。
 その子はジッと僕を見ていて、なんだか恥ずかしくなってきた。沈黙したままじゃ埒があかないと思った僕は、ヘラリと笑う。


「ねぇ、僕の顔に何かついてるの?」
「…ううん」
「そっか…ていうかそんなに見つめられると恥ずかしいよー」
「……魔法の練習、してたの?」


 その子は不思議そうに首をかしげる。いつから見ていたのだろう、そんなことを思いながら頷くと彼女は僕のほうへ歩み寄ってきた。そして、僕の隣に座り込む。


「?」
「ん」
「ん?」


 手を貸せと言わんばかりに自分の目の前に手を差し出す。どうすればいいのかわからず、そっとその手に自分の手を乗せると、女の子は僕の手をぎゅっと握りしめた。その瞬間、溢れそうになるほどの魔力が自分の中に流れてくる。
 その魔力の量に思わずぎょっとして顔を上げたけれど、女の子は僕と目が合うと安心させるかのようにニコリと笑い、そして手を離した。


「キミはもともと魔力の量が少ないんだよ」
「へ」
「だから魔法の維持ができないの。私の分あげるから使ってね」
「え、あ、うん…」
「じゃあ私行くね。頑張ってね」


 そう言って女の子は立ち上がり、僕に背を向けて歩き出す。ハッと我にかえると、僕は大きく声をあげた。


「あ、あのさ!」
「?」


 僕の声に女の子は振り返る。


「…あっ、ありがとう!」
「!……どういたしまして」


 ふわりと笑う彼女に胸が高まる。その子は僕に向けて手を振ると、また歩き出した。僕はそれを見送ったあと、名前を聞きそびれたことに気付く。


「…不思議な子だったなぁ」


 そう呟いた僕の手には、緑色の綺麗な光が留まっていた。その手を見て、ぎゅっと拳を作る。
 彼女がくれた魔力は、彼女のために使おう。彼女がいつか自分と出会うその日まで生きているのを願いながら、そう心に決めた僕の手には、彼女の魔力の余韻がいつまでも残っていた。


(2019/08/26)