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「もうどこに行ってたのさー、探したんだよー」
「ジャック…」
「マキナごめんねぇ、メイはもらってくから。じゃ、また明日ー!」


 そう言ってジャックは私の手をとって歩き出す。ジャックに手を引っ張られながら後ろを振り返ると、マキナは空をきった自分の手を見つめていて、表情は見えなかった。
 裏庭を後にした私とジャックは、どちらからともなく廊下で立ち止まる。ちらりとジャックを見れば、ジャックも私を見ていて、目が合うとお互い大きく息を吐きだした。


「はぁ〜…まさか裏庭にいるとは思わなかったなぁ」
「ごめん…」
「いやいや謝ることないけど、ほんと見つけられてよかったよー」


 ジャックはそう言いながら、教室の扉にもたれかかりズルズルと体を落としていく。そんなに探させてしまって申し訳ないと思いながらも何も言えないままでいると、ジャックが「それで」と口を開いた。


「マキナとは何を話してたの?」
「えっ」
「もしかして言えない内容だったり?」
「そんなこと、ないけど」


 マキナとの会話を思い出す。言えない内容ではないけれど、どう話したらいいのかわからない。マキナとの会話を上手く説明できないでいると、ジャックはしびれを切らしたのか小さく息を吐いた。


「言えないなら言えないでいいんだけど」
「言えないわけじゃなくて、なんていうかどう説明したらいいのか…」
「そう?口説かれたりしてない?」
「えぇ!?口説かれたりなんかしてないよ、ただの雑談、かな」
「そかそか、んじゃまぁ別にいいけどさぁ…それにしてもびっくりしたよー」
「びっくり?」
「だってさっきのマキナ、尋常じゃないくらい不気味だったから」
「不気味…」


 私の答えにジャックは頷く。


「殺気とはまた違うんだけどねー…あのままマキナに捕まってたらメイ…」
「え…?」
「…いや、僕の勘違いかも。とにかく今のマキナには無闇に近づいちゃダメだよー?」


 ジャックはそう言いながら腰をあげて私の頭を撫でる。安心させるように優しく微笑むジャックに、胸がぎゅっと締め付けられた。


「ん、ジャック、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして!そんじゃ1人にさせるの不安だし、部屋まで送るね」


 ジャックはスッと手を差し伸べる。私はその大きな手を迷うことなくとり、足を踏み出した。







 部屋に送ってもらったあと、椅子に腰をかける。一息つくと、不意に思い出した。


「そういえば、ジャックに伝えなきゃいけないことがあったんだった…!」


 時すでに遅し、とはこのことだ。まぁ急ぎではないから次回でもいいか、そう思いながら私は制服に手をかける。その一方で、ジャックも自分と同じく伝え忘れたことを後悔していたなんて今の私は知る由もなかった。




「アテンション!」


 朝起きて制服に着替えている途中で、モーグリから連絡が入った。


「任務が入ったクポ、ブリーフィングを行うクポ!」
「任務か…」


 今回もまた待機命令が出るのだろうか。あの上層部のことだ、きっとまた待機命令が出るだろう。
 そう思いつつも、ブリーフィングをサボるわけにはいかないため、私は身支度を終えるとトンベリを抱っこして足早に自室を後にした。

 教室に入ると、ジャック、ナイン、シンク、キング、セブン、マキナ、ムツキの7人以外は揃っていた。ジャックやナイン、シンクとムツキはきっとキングやセブンが起こしに行っているのだろう。マキナはここにいないということは1人別行動か。
 マキナがいないことにホッと安堵しつつ、自分の席に向かう。自分の席の隣には見知った人物の後ろ姿が目に入った。ドキッとしつつ、私は自分の席に腰をかける。


「はよ」
「!、おはよ」


 見知った人物もとい、ナギは私に気付くと声をかけた。平常心を装い、いつも通り挨拶をかわす。ナギとはドラゴンスレイヤー作戦以来だ。
 ナギは眠そうに欠伸をして頬杖をつく。また遅くまで任務だったのかな、そう思いナギに声をかけようとしたけれど、何故か話しかけることはできなかった。
 ナギをちらりと見て不意に、本当にこのままジャックに気持ちを伝えていいのかと迷いが生まれる。自分の気持ちを伝えることで、ナギと離れ離れになってしまわないだろうか、と。
 ナギの気持ちは自分が一番よくわかってる。気づかないわけがない。ただ、向き合うことからずっと逃げていただけ。このままジャックに私の気持ちを伝えたら、ナギは、ナギの気持ちは。


『本当に、それでいいの?』


「メイ?」
「!」


 ナギに声をかけられ、ハッと顔をあげる。教室にはマキナ以外の皆がいつの間にか揃っていて、モーグリがブリーフィングを始めようとしていた。


「大丈夫か?」
「あ…うん、大丈夫…」


 ナギは心配そうに顔を覗き込んでくるけれど、今の私にはナギの顔をまともに見ることができない。どこまでも強欲なもう一人の自分が頭の中で囁く。


『本当の気持ちをジャックに伝えたとして、ナギの気持ちはどうなるの?』
『小さい頃から今の今までずっとナギは私をみてくれた』
『そんなナギの想いを、無下にしてもいいの?』


 その問いかけに答えられることができない。答えてしまえばナギの気持ちや、今までのナギのことを無下にしてしまう気がして。そう思うと、今の私にはジャックに気持ちを伝える資格がないように思えた。