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 ジャックは私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきて、私の両手を掴むとぶんぶんと上下に振った。


「ちょ、いきなりなに?」
「んーべつに!」


 ジャックはそう言ってニコニコと笑顔を絶やさない。ひとしきり両手を振るったあと、パチっとジャックと目があった。脳裏に昨日の出来事がよぎる。
 頬が熱くなってくるのを感じながら、じぃっとジャックの目を見つめていると、ジャックの頬も徐々に赤みを帯びてきた。


「そ、そんな見つめないでよー、恥ずかしいじゃん」
「そう言うジャックこそ見つめないでよ」
「僕はいいの」
「なにそれ」


 思わず笑ってしまうと、ジャックは目を細めてはにかみながら私の頬に手を添えた。何か言いたげな目をしていて、私はそれをじっと見つめる。なんだか、この光景が懐かしく思えて心がくすぐったい。きっと過去でも同じようなことがあったのかもしれない。
 やがて何か決意をしたのか、泳いでいた目が私を見据えた。


「あのねメイ…僕ちゃんと伝えなきゃいけないことがあって」
「…私もジャックに伝えなきゃいけないことがあるの」
「へ…ぼ、僕に伝えたいことってなにー?」
「言い出しっぺはジャックでしょ?ジャックからどうぞ」
「えー!むぅ…ちゃんと言ってくれる?」
「ちゃんと言うよ、大丈夫」
「ん、わかった、じゃあ僕から言うね」


 ジャックの手が頬から離れ、先程のように両手で私の両手を握る。そして深呼吸したあと、ジャックは口を開いた。


「今更改まって、なんだけど…僕ね、メイのこと――」
「メイー!」
「「!」」


 思いがけぬ第三者の声にジャックは言葉を飲み込むように口を閉じる。聞き覚えのある声に振り返ると、エントランスの入り口からムツキが走ってきているのが目に入った。足はそのまま止まることはなく私の背中に思いっきり抱き付く。


「メイ、おはよう!」
「お、おはよ、ムツキ」
「朝からメイに会えてうれし…ハッ!?」


 ムツキは嬉しそうに顔をあげるけれど、私の後ろにいる人物が目に入るな否や眉間に皺を寄せてムッとした顔になった。


「お前朝からメイに何の用だ」
「タイミング悪いなぁ…」
「タイミング?まさかお前…」


 ムツキはそう言うと私の制服をギュッと握りしめてより一層眉間に皺を寄せる。これ勘違いしてるな、と思った時にはもう遅かった。


「ボクをいじめるタイミングをうかがってたんだろ!」
「へ?全然違うしぃ」
「嘘つけ!絶対変なこと企んでただろむぐっ」
「ほらほらムツキも一緒に教室行こうね」


 言い合いになってしまう前に2人を止めて、私はムツキの手を取る。ジャックのほうに顔を向けて「ごめんね」と謝ると、それを聞いたジャックは小さく笑って首を横に振った。そして、ムツキと繋がっていない方の手を取る。


「またあとで話すねぇ」
「ん、わかった」
「?なにをだ?」
「僕とメイだけの秘密のはな」
「ただの任務の話だよ」


 ムツキをこれ以上混乱させないようにジャックが言い終わる前に誤魔化す。ムツキは一瞬訝しげな顔をするけれど、私の言葉に納得したのかそれ以上何も言わなかった。
 教室に着くとみんな揃っていて、ムツキに手を引かれたまま席を座る。ジャックは私の隣に座ろうとしたところをトレイに諌められ、すごすごと自分の席へ戻っていった。
 ふとナギの姿が見えないことに気がついて教室を見渡す。しかし教室にナギの姿はない。何か諜報部から任務でも言い渡されたのだろうか。


「メイ、あいつ…なんかあったのか?」
「え?」


 ムツキが不思議そうな顔をしてマキナに指をさす。マキナはずっと窓の外を見ていて、こちらに見向きもしない。そんなマキナの様子がおかしいことをムツキも察したらしい。ムツキはマキナをじぃっと見つめたあと、ハッとした顔をして私に振り返った。


「ま、まさかあいつボクのことを一生無視して意地悪する気だな…?!」
「いやいやいや大丈夫、そんな気ないから」


 青ざめるムツキを宥めながらちらりとマキナを見遣る。マキナはほとんど微動だにせず、ずっと外を眺めていた。
 ケイトやトレイとぶつかったあの日以来、マキナが誰かと話してる姿は見ていない。レムが話しかけに行くけれど、少し話してすぐにその場を離れている。レムのことも何となく避けているようだった。それなのに、マキナは遠くからレムのことを見守っている。避けたいのか関わりたいのか、マキナの行動は全く読めなかった。


「どうしたものか…」
「メイ?」
「ん、何でもないよ、勉強しよっか」


 ムツキが心配そうな顔で私を覗き込む。ムツキの頭を軽く撫でるとくすぐったそうに笑って、爆弾を取り出して何かをカチャカチャし出した。それを横目にムツキに気付かれないように小さく息を吐く。
 ふとジャックを見ると、ジャックもこっちを見ていたのかカチリと目が合った。ジャックは嬉しそうに笑みを浮かべながら手を振る。
 今日はタイミングが合わなかったけれど、次はちゃんと伝えられるといいな。そんなことを思いながら、周りに気付かれないようにジャックに小さく手を振った。