293.5



 あんなにも過剰に反応してくれるとは思わなかった。あんなにも感情を露わにしてくれるなんて思わなかった。あんな風になられたら、自分がどうすればいいのか頭が真っ白になって、ただ謝ってその場を離れるしかなかった。


「はぁ…」


 メイから咄嗟に逃げてしまった僕はテラスにたどり着き、溜め息をこぼす。メイのあの真っ赤に染まった表情を思い出してしまうせいで、なかなか脈は止まらないし顔の熱さも引かなかった。
 気にしてなかった、といえば嘘になる。そりゃあ自分だって昨日の今日でいつものように振る舞える自信はなかった。ただ、気まずくなるのは嫌だったからなるべく思い出さないように、と記憶に蓋をしていつもの感じで接しようとしたら、メイがあんな風に顔を真っ赤にさせたから。そんな顔されたら嫌でも昨日のことが蘇ってきて、どう接すればいいのかわからなくなって咄嗟に逃げてしまった。
 好きな人から逃げてしまうなんて、なんて情けないんだろう。


「……はあぁぁ…」
「またやけに深い溜め息だな」
「?!き、キング…」


 聞き慣れた声に振り向けば、いつの間にいたのか、キングがテラスの壁にもたれかかってこちらを怪訝そうに見ていた。誰かの気配すら感じられないほど相当気が抜けているらしい。
 まいったなあ、そう思いながら頭を抱える僕の隣にキングがやってきて、わかりきったようにフッと鼻で笑った。


「あいつ…メイと何かあったんだろ?」
「ん…まぁ、ね」
「お前たちは本当、毎日忙しいな」


 ククッと喉を鳴らして笑うキングに僕は口を尖らせる。今頃メイはなにをしてるんだろう。あのまま噴水広場に置いてきてしまったが、誰かと一緒にいるんだろうか。自分から逃げてきたというのに、頭の中はメイのことでいっぱいだった。
 物思いにふける僕の隣にキングが並ぶ。


「今度は何をやらかしたんだ?」
「…ちょーっと言えないことかなぁ」
「どうせロクでもないちょっかいでも出したんだろ」
「ちょ、ちょっかいじゃないし、僕はいつも本気なんだから」
「むしろ本気じゃない時なんてあったのか?」
「…ありません」


 キングの言う通り、僕はいつも本気だ。だってこんなにもメイのことが好きなんだから、全力で愛情表現するのは当然のことだろう。ただメイを見るたびに、知るたびにこの想いは強くなっていて、やがて自分が自分でいられなくなりそうな、いつか暴走しそうな自分に嫌悪すら覚えるほどだった。


「どうしたらいいのかなぁ…」
「何がだ?」
「メイのことが好きすぎてどうしようかなって」
「…今更どうしようもないだろ。好きなものは好きでいいんじゃないか?」
「んー、そうだよねぇ。今更どうしようもないか」


 好きなものは好き。それでいいとキングは言うけれど、やっぱり少し物足りない。メイが確実に僕に好意を抱いているのはきっとみんなわかってると思う。僕自身もメイからの好意はヒシヒシと伝わってるくらいなのだから。それでも少し、再確認したくなってくる。


「僕とメイってさ、さすがに両思い、だよね?」
「……なんだ、まだ伝えてなかったのか?」
「へ?!え、いや、……うーん?」


 そういえば僕ってちゃんとメイに告白という告白をしていない気がする。ほぼ態度で示していたから、告白した気になっていたのだろうか。
 曖昧に返事をする僕にキングは呆れたように溜め息を吐いた。


「言葉にしないと伝わるものも伝わらないぞ」
「……うん」


 キングの言うことはごもっともだ。返す言葉もない。
 言葉にしないと伝わるものも伝わらない、かぁ。面と向かってメイに言ったらどんな反応をするんだろう。さっきみたいに顔を赤く染めてくれるのか、それともそんなのとうに知ってると言わんばかりに呆れられるのか。


「ふふふー、それはそれで面白そうかも」
「ったくお前は本当…」
「伝えてくるよー、ちゃんと言葉でね!」
「あ、おい!ジャック!」


 居ても立っても居られず、僕はテラスを後にする。目指す場所はもちろんメイのところだ。さっきは不意打ちを食らってしまったが、今度は大丈夫、なはず。それよりもこの高ぶった感情を早くメイに伝えたくて仕方なかった。