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私は今、0組の教室前の廊下で右往左往していた。今朝は鍛錬できるほどの余裕もなく、さらに昨日の今日でジャックと顔を合わせるのが気まずくて、エイトに連絡を入れた後部屋でゴロゴロと過ごしていた。来るかと思ったジャックの襲来はなかった。少しだけホッとしたような寂しいような、そんな気持ちを抱えたまま、私は教室の前で立ち尽くしていた。 いつもならジャックは遅刻ぎりぎりに教室に来るのだから、今教室に入ってもジャックはいないはず。頭ではそう理解しているのに教室に入るのをためらっていると、後ろから急に声をかけられた。 「入らないのか?」 「わぁ!?」 急に声をかけられて身体が跳ね上がる。人の気配に気がつかないなんて動揺しすぎだ。なんて情けない。 セブンが怪訝そうな顔をしているのに気付いてあたふたしていると、セブンの後ろから欠伸をしながらこちらに歩いて来るサイスさんの姿が目に入る。サイスさんは私たちに気付くと、眠そうな顔で、そしてめんどくさそうに口を開いた。 「あんたら何してんだよ。早く入れよ」 「あ、う、うん…お、おはよう、セブン、サイスさん」 「…はよ」 「?あぁ、おはよう」 セブンはどもる私に首を傾げる。サイスさんはそんなことを気にすることもなく短い挨拶をして教室に入っていった。 別にいつも通りでいい。いつも通りにしていれば、何の意識もしなくて済む。 そう自分に言い聞かせながら私は大きく息を吸い込んで、教室への扉に手をかけた。 ギィと軋む音とともに扉が開く。その先にはいつも通りモーグリと他のメンバーの後ろ姿が目に映った。その中に見慣れた後ろ姿を見つけ、ドキッと胸が大きく高鳴る。 「ん…?」 今何時かと時計を見やると、まだ授業が始まる30分前を指していた。いつも遅刻ギリギリの彼、もといジャックがいることにセブンもサイスさんも驚いた顔をしている。 「…珍しいこともあるもんだな」 「今日槍でも降るんじゃねぇの」 そんな軽口を叩きながらサイスさんは自分の席へと向かって行く。セブンは私をちらりと見た後、自分の席へと向かっていった。私も自分の席に座り、ジャックの後ろ姿を見つめる。すると、不意にジャックが振り返った。 「!」 「あっ!メイ!」 私に気付くと、ジャックはパッと笑顔になり席を立つ。その瞬間私は反射的に腰を上げて、先ほど入ってきた教室を飛び出した。 教室を飛び出した私は行くあてもなく、噴水広場へと出る。外は相変わらず青い空が広がっていて、空気は澄んでいた。 「はぁ…」 ジャックと目があった瞬間に脳裏をよぎったのは昨日のあのことで、あまりの気まずさに逃げてしまった。火照る頬を冷ますように手で顔を扇いでいると、後ろから突然ガバッと誰かに抱きしめられた。 「メイー!」 「!?」 ふわっと香るジャックの香りと背中から伝わる温もりにカァッと顔が熱くなる。いつものようにあしらえばいいことが、急にできなくなり私はその場で固まることしかできなかった。 何の反応もしない私を不思議に思ったのか、ジャックが顔を覗き込んで来る。 「メイ?どうした、の…」 「………」 どうしよう。ジャックの顔をまともに見ることができない。それどころか頭の中が真っ白で、なんて声をかければいいのかもわからない。まともに目を合わせるのでさえ難しくて、私はちらりとジャックの顔を盗み見た。そのジャックの顔に目を見張る。 「ジャッ…」 「ご、ごごごめん!」 どもりながら謝り素早く離れると、ジャックは足早に広場をあとにした。 ジャックがいなくなると私はその場でうずくまる。盗み見たジャックの顔は、私が想像していたものと違って、こっちが面を食らうほど真っ赤に染まっていた。 「何なの、もう…」 今まで全く意識していなかったといえば嘘になるけれど、ここまで意識したことは今までにないだろう。 昨日のことがずっと頭の中から離れない。たったキスのひとつしただけなのに、そのたったしたことがこんなにも尾ひれがつくなんて思いもしなかった。 ジャックを見るたびに愛おしい、恋しい、と溢れ出る感情に目をそらさなければいけないのに、そらすことができない。それどころか増すばかりで、私は自分の気持ちが落ち着くまでその場を動くことができなかった。
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