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 魔導院に着いたあと、ナギは任務の報告をしに軍令部へと向かっていった。取り残された私は足早に自室へ向かう。ドラゴンスレイヤー作戦のせいなのか、魔導院にいる候補生の姿はまばらだった。
 自室が近くなってくると、私は辺りを見回す。誰もいないのを確認し、音を立てずに走った。そしてそのまま部屋へと入る。無事部屋に着いたと思うと大きく安堵の息を吐き出した。


「あら、おかえりー」
「ただいま…」


 私の声に反応したのか、トンベリが駆け寄ってくる。そのままジャンプして私の胸元に飛びついた。慌ててトンベリを受け止める。


「トンベリ…ただいま」
「…………」


 おかえり、そう言っているかのように見上げるトンベリに頬が綻ぶ。カルラは優雅に紅茶を飲んでいて、私に気付くとにこやかな表情を浮かべた。


「お疲れ様」
「ありがと、カルラ」
「いーえ。1日引きこもるだけでお金もらえるのは嬉しいけど、正直退屈で仕方なかったわ」


 そう言ってカルラは大きく息を吐き出す。私は服を脱ぎながら苦笑いを浮かべた。


「なにも問題はなかった?」
「特にね。なさすぎて何かあって欲しかったくらい」
「いやいやなにもなくて安心だよ」


 カルラは「それもそうね」と言って紅茶を全部飲み干し、立ち上がる。パパッと変装を解いた後、何かを思い出したかのように「あ」と小さく声をあげた。


「そうそう、メイ、あなたジャックにばれたんだって?」
「えっ…な、なんで知ってるの?」
「ふふふ、私の情報網を舐めてもらっちゃあ困るわ…と言いたいところだけど。ジャックから伝言」
「…すでに根回し済みだったんだね…」
「"僕が戻るまで部屋から出ないこと。もし部屋を出たら大変なことになるからねー"ですって」
「…カルラってモノマネ得意だったっけ」
「あら、お金のためだったら色んなスキルを身につけるのは当然のことよ」
「さいですか…」


 じゃ、確かに伝えたからね。
 そう言ってカルラは立ち上がり私にウィンクをする。そんなカルラを見送ったあと小さく息を吐いた。


「怒ってる、だろうなぁ」


 溢れたあと、また息を吐く。ジャックが来たあの時も、ジャックの威圧感に呑まれてなにも言えなかった。ジャックが戻ってきたらどうなってしまうんだろう。不安になる中、トンベリが心配そうに私を見上げていた。

 カルラが出て行って数十分後、扉がコンコンと鳴る。その音にビクつきながら、おそるおそる近づいてそっと扉を開けた。ちらりと上を見上げれば、顔は笑ってるけど目が笑っていないジャックがいた。


「お、おかえりなさい…」
「うん、ただいまぁ」


 何故か敬語になってしまう。ジャックはそのまま私の部屋に入り、いつものように椅子に座った。そして立ったままの私に振り返る。


「メイ、こっちきて」
「う、ん…」


 手招きされた私はジャックの目の前に立つ。何を言われるのかとひやひやしながらジャックを見つめていると、突然ジャックは両手を広げ、私を抱き締めてきた。
 ジャックは見上げることなく、何かを言うでもなく、私のお腹に顔を埋める。突き放したりしない方がいいと察した私は、とりあえず突き飛ばしそうになった両手を下ろした。


「…メイー」
「はい…」
「………」
「………」
「すっ…ごい心配した……」
「うん…ごめんなさい」


 バレない自信なら少しあった。でも結果的にジャックにだけはバレてしまった。一番心配かけさせたくなかった相手に。こうなってしまっては謝る以外に打つ手はない。反省はする、けれど2度としない、と誓えることはできない。たとえみんなにお願いされたとしても、私は頷くことはしないだろう。
 私が謝ったあとも、黙ったまま顔をお腹に埋めている。手持ち無沙汰となった私は、ふとジャックの髪の毛に目が入った。おそるおそる髪の毛を触ってみる。一瞬ジャックがビクついたけれど何も言わなかった。
 ジャックの髪の毛は見た目よりもずっとふわふわしていて、触り心地がいい。任務帰りだからか、ところどころ小さな葉っぱがついていた。
 思えばこうしてジャックの頭を撫でることってない気がする。よく頭を撫でられることはあっても、撫でることはなかった。なんだか新鮮味を感じて、そのままずっと頭を撫で続ける。


「…あの〜…」
「ん?」
「…んー…なんでもない…」


 そう言って抱きしめる力を強くさせる。ふとジャックの耳を見ると、微かに赤く染まっているような気がした。照れてるのかと思うと自然と頬が綻ぶ。撫でているだけなのに照れるなんて、かわいいなと思った。彼のために口には出さないけれど。


「あの、さぁ」
「うん?」


 不意にジャックが顔を上げる。頬が赤く染まったままだけれど、表情は真剣だった。


「怖くなったら、叫んで」
「叫ぶ…?」
「そう。…どこにいてもすぐ、駆けつけるから」


 そう言って手を伸ばす。ジャックの手が私の頬に触れたあと、そのまま後頭部へと回った。後頭部をぐっと引き寄せられ、気がついたときにはジャックの顔が目の前にあり、柔らかいものが唇に当たった。