素肌の温もり




 朝起きてすぐに違和感を覚えた私は、自分の身体を見る。すると、何故か下着だけ身に着けている状態に目を見開いた。そして、背中から伝わる自分以外の温もりを感じて顔を恐る恐る向ける。そこには気持ち良さそうにねむるジャックの姿が目に映った。気持ち良さそうに眠っているジャックは、半裸だった。


「………」


 なんで自分は下着以外身に着けていないんだ。なんでこいつがここにいるんだ。なんでこいつは半裸なんだ。ていうかいつの間に私の部屋に侵入した。いつの間にベッドの中で私と一緒に寝ていたんだ。
 まだ覚醒しきってない頭で色々考えを巡らす。まずジャックを起こそう、そう思い口を開けた。


「ジャック」
「………」
「ジャック!」
「んー…うるさぁーい」
「!?ぎゃっ」


 不意に後頭部をガッと掴まれ、ジャックの胸元に顔が埋まる。そして腰に腕が回され、身体と身体を密着させた。肌と肌がくっついて、なんとも言えない肌触りに顔が熱くなってくる。
 こいつ実は起きてるんじゃないか。そう思うくらい鮮やかな技だった。いやそんなこと悠長に考えてる場合じゃない。この際今はジャックのことは置いといて、どうしてこうなったのか、昨日のことを思い出そう。


 確か昨日は0組と、ある人物の捕縛任務を下され、セトメ地区に出向いた。捕縛任務は滞りなく進んだはず。ただ皇国兵の残党が残っていて、それの処理もついでにしたからか疲れが半端なくて。そのあと魔導院に戻った私はカヅサさんに出会ってそれで……。


「…ん?」


 カヅサさんに出会ったことは覚えてる。でもカヅサさんに出会って、そこから全く記憶がない。記憶がないってどういうことだ。カヅサさんに何かされた覚えはない、はず、だし。
 記憶がないことにサァと血の気が引いていく。カヅサさんに会った私はそのあと一体どうなってしまったのか。今までカヅサさんの誘いは断っていたし、出会ったあとも誘いは断った…はずだ。いや記憶がないということはもしかしたら私はあのあとカヅサさんに…?


「じゃ、ジャック!ねえジャック!起きて!!」
「んぇ?!な、なに?!急にどうしたの!?」


 気持ち良さそうに寝ているジャックを叩き起こす。ジャックの口元によだれの跡があるけれど今はそれどころじゃない。昨日、私の身に何があったのか、そっちの方が大切だった。


「私昨日何があった?!」
「え?何がって……」


 そこまで言ってジャックは視線を下に向ける。そして頬を赤く染めたあと、口元を緩ませた。その視線にハッとなり、両腕で胸元を隠す。


「ばっ、ばか!見るな!」
「いやぁ、だってぇー。反射的にというかぁ」
「布団返して!」
「あ!やだよー!僕だって寒いんだからぁー!」


 布団をお互い離さずににらみ合う。といってもジャックはずっとにやにやと笑いっぱなしだ。その顔を今すぐぶっ飛ばしたいところだが今の姿ではそうもいかない。そして男であるジャックの力に敵うわけがなく、私はジャックと共に布団に包まった。
 あいにく私の服はクローゼットの中で、ジャックが出て行かないことにはそこへ行くこともできない。なす術がない私は項垂れるしかなかった。


「あったかいねー」
「…そうだね」
「昨日は大変だったんだよー、メイったら魔導院に着くなり倒れたんだから」
「えっ、倒れた?私が?」
「うん。あれ?覚えてない?」
「ぜ、ぜんぜん…」


 カヅサさんに会ったってところまでは覚えてるから、カヅサさんに会った直後に倒れたということだろうか。いやそれにしてもカヅサさんの目の前で倒れたからといって、この状況はおかしい、おかしすぎる。何がどうなってこうなってしまったのか。


「ねぇ、その後どうなったの?」
「その後はー、カヅサがメイ連れてこうとするから僕もついていってー、で、メイが高熱あるからって薬もらったんだぁ」
「薬もらったって…カヅサさんから?」
「うん、カヅサから」
「………」


 そんな怪しいもの簡単にもらうなよ。
 そう突っ込む気力が湧かないのはどうしてだろう。その薬を飲んでしまった後だからか、もう何もかもどうでもよくなったのかもしれない。カヅサさんからの薬なんて、死んでも飲みたくなった。それくらい彼の薬には注意を払っていたのに。


「そんな青ざめなくても普通の解熱剤だって言ってたよ?」
「あの人の普通は普通じゃないってこと、ジャックも知ってるよね…」
「あ、あはは、ま、まぁその時僕もテンパってたから!藁にもすがる思いで、てさ」
「…それで、その解熱剤を私に飲ませたの?」
「うん!でもそのお陰で熱下がったぽいね!1日で良くなってよかったよー!」
「うんまぁそれはよかったけど。で、なんでこの格好なわけ?」


 カヅサさんからの薬も問題だが、それよりも何故こんな格好にされたのか、それが一番問題だ。じろりとジャックを睨むと、ジャックは気まずそうに笑い、頬をかきながら口を開いた。


「それは、えーと、あれだよー」
「あれって?」
「んーと、部屋に着いたらカヅサから服を脱がすよう言われてねぇ…あっ、でも服を脱がしたのはセブンだから!僕じゃないからね!カヅサが言うには解熱剤の副作用ですごく汗かいちゃうから脱がせたほうがいいって」
「…だからタオルが敷いてあるのか…で、なんでジャックまで半裸なの?ジャックに限って襲おうとは考えてないと思うけど。まぁ理由によっちゃあカヅサさんから薬貰わなきゃいけなくなるかなぁ」
「メイ…!」
「え、なに?なに顔輝かせてるの?!」
「いやぁ、僕のこと信じてくれてるんだなぁって」
「なっ、そ、そんなこといいから早く理由を言え!」
「えへへー。んーとね、メイが寒いって言うからさぁ」
「…えっ」
「布団もちゃんとかけてあるにも関わらずだよ?だから、寒いって震えるメイを見ていられなくって。そこで考えたんだー、僕があたためればいいんだって!」
「………」
「服着たままだと温かみも薄れるだろうから…服、脱いじゃった」


 へへ、とジャックは笑う。最終的にこうなったのはカヅサさんと、まさか自分自身のせいだなんて。覚えてないから反論できない。寒いって言ったのでさえ覚えてないし、ジャックがそう言うんだからきっと言ったのだろう。
 穴があったら入りたい。そう思いながら顔を俯かせると、ジャックが優しく抱き締めてきた。


「でもほんと良くなってよかった…死んじゃうかと思ったんだからね」
「ジャック…」
「安心したらまた眠くなってきちゃった…おやすみなさぁい」
「……いやいやなに言ってるの!?」
「大丈夫大丈夫、今日は一日任務入ってないし、メイは講義も休んでいいってー」
「ジャックは!?」
「僕?僕はこのままさぼりー」


 おやすみー、そう言って私を抱き枕代わりにするジャックに呆れながら、朝から騒いだせいか、眠気がやってきて、そのまま私も目を閉じるのだった。


――後日

「やぁジャックくん。どうだった?」
「!、もー!どうだった?じゃないよ!」
「へ?どうかしたの?」
「我慢するの大変だったんだから!!!危うく手を出すとこだったんだからね!」
「でも手を出さなかったんでしょ?えらいえらい。翌日も一緒になって寝てたそうじゃないか。どうだった?」
「どうだった?じゃなぁあい!病み上がりのメイに手を出せるわけないじゃないかぁー!我慢するの大変だったんだか」
「ちょっとジャックとカヅサさん、顔貸してくれませんかね?」
「「あっ」」

(2015/11/22)