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「いつから…?」


 ジャックの無表情を見続けるのが耐えきれず恐る恐る問いかける。ジャックは私の問いに、瞬きをひとつして口を開いた。


「まず、今日の朝」
「えっ、朝…?!」


 朝から気がついていたというのか。いや朝は別に普通に接していたはず。何か変わったことといえばカルラが私の部屋にいたくらいで、でもカルラが私の部屋にいることなんて変わったことでもなんでもない気がするのに。
 ジャックのカンの鋭さに唖然とする中、ジャックは続ける。


「朝さぁ、カルラがメイの部屋にいたよねぇ」
「いた、けど…カルラがいたからなんだっていうの?それだけで気付いたってこと?」
「まさかー。いくらなんでもカルラがいただけじゃ気付けるはずないよー。でもね、少しだけ違和感を覚えたっていうか」
「………」
「まぁ、確信したのはヒリュウを追い払った後なんだけどねぇ」
「なっ…」
「ヨクリュウが意味もなくヒリュウを妨害したりしないでしょ」


 ジャックのその言葉に反論ができず、口を紡ぐ。そんな私にジャックは息を小さく吐いた。


「気付いてるのは僕だけ、と言いたいところだけど。一緒にいたキングは僕の態度にうすうす気付いてるんじゃないかなぁ」


 サァ、と血の気が引いていくのがわかる。キングもジャック同様カンが鋭い上に人のことを良く見ている人だ。ジャックの態度は誰がどう見ても分かりやすいし、キングもきっと気付いているだろう。
 ジャックはともかくキングにまで気付かれてるのかと思うと頭を抱えたくなるけれど、未だジャックの拘束が解けないためそれもできない。とりあえず早く退いてほしい、そう思いながらジャックを見上げるとジャックはにこりと笑みを浮かべた。


「退いてほしい?」
「…うん」
「やだ」
「………」
「メイ…」


 ジャックがまた頬を撫でる。その手は、微かに震えていた。


「どうして…言ってくれなかったの?僕ってそんなに頼りない…?」
「え……」


 先ほど浮かべていた笑みを消して、悲しそうな顔をする。そんなジャックを見て胸が苦しくなり、私は首を横に振った。


「そんなことない!…一人だけ、待機だなんて、そんなの我慢できなくて…」
「もし見つかってたらどうするつもりだったの?見つかってたら、もう一生魔導院どころか朱雀にさえ居られなくなってたかもしれないのに…それか朱雀の裏切り者として、最悪処刑も考えられるよね」
「いたっ……」


 ジャックが手首をぐっと握り締める。骨が軋むような強さに眉を顰めた。それでもジャックは離そうとしない。それはまるで、自分の心の痛みを私に分からせようとしているみたいだった。


「ごめん、ごめんなさい、ジャック…」
「……お願いだから」
「…?」
「お願いだから、僕の見えないところに行かないで。僕の傍からいなくならないで。もうどこにも行かないって約束してよ…」


 そう言ってジャックは私を抱き締めた。その消え入りそうな声に言葉が詰まる。
 そんな約束できないことをジャックが一番よくわかっているはずで、それなのに口にしたということは、今までずっと胸の内に留めて言うのを我慢していたのだろう。
 ジャックに対してなんて声をかけていいかわからず黙っていると、ジャックはパッと顔を上げた。


「なーんてね」
「!」
「ちょっとわがまま言ってみたかっただけ。ごめんね、メイ」
「う、うん…」
「さぁて、そろそろみんなのところに戻るかなぁ」
「えっ!?」


 ジャックはそう言いながら身体を起こし、私の手を取って身体を引っ張り上げる。ジャックに起こされたあと、窺うようにジャックを見遣ると、私の視線に気付いたジャックは弱々しく笑った。


「そんな顔しなくても大丈夫だよー。メイはみんなのところに連れて行かないから」
「だ、って今みんなのところに戻るって…」
「あはは、それ僕だけだって。メイはもうすぐ迎えが…」
「よぉ、メイが世話かけたようで」
「?!」


 突然聞こえたナギの声に慌てて後ろを振り返る。そこにはさも当然のように佇むナギの姿があった。ジャックに集中しすぎてナギの存在に気が付かなかった。
 思いがけないナギの登場に呆然としていると、ジャックがわざとらしくため息を吐いた。


「なぁんでこうもタイミングが良いんだろうねぇ。ほんと気味が悪いよー」
「お前に言われたくねぇっつーの。んじゃ約束通りメイは返してもらうぜ」
「は?や、約束…?」
「まぁ今回はしょうがないかぁ。あ、メイー」


 名前を呼ばれてジャックに振り向くと、その瞬間風が吹いた。そして頬に柔らかい感触と、小さなリップ音が耳に入る。気が付いたときにはジャックのしたり顔が目に映った。


「あっ!?てめっ!」
「へへーん、やったもん勝ちだもーん!じゃ、メイ。また魔導院でね」


 そう言うなりジャックはチョコボを呼び、颯爽と駆けていった。キスされた頬を手で押さえてそれを見送ると、ナギが私の肩を叩いた。振り返ると険しい顔をしたナギがいて、ぎょっとなる。


「ちょっと手退けろ」
「え、何…!?ちょちょ、何すんの!?」
「何って拭いてんだよ。ちっ、あんにゃろー」


 ナギは私の頬を自分の袖で強く擦る。決して綺麗ではない服だけど、それを避けるとナギの機嫌がもっと悪くなる気がして私はそれを受け入れるしかなかった。
 ナギと合流したあと、私はナギと一緒に魔導院を目指す。ヒリュウは先ほど0組が撃破した、との情報を得て、あとは残りの0組がラーマを陥すだけとなった。これ以上戦場にいる意味がなくなり、役目も終わったということで、私たちは先に魔導院へと帰投することになった。
 チョコボを呼び出そうとするけれど、ナギがそれを止める。


「ここであいつを呼ぶとすぐバレるぞ」
「あ、そっか」
「お前俺の後ろな」
「えっ」
「テレポなんてしないからな。俺だってバレたらヤバイんだし」
「…ごめん、巻き込んじゃって…」
「いや、俺は俺のしたいことをしただけだから。いちいち謝んな」
「…ありがと」


 そう言うとナギは満足気に笑った。