思いと裏腹に
私はジャックが苦手だ。 誰にでもヘラヘラ笑い、誰にでも愛想を振りまき、どんな状況でもジャックは笑顔を絶やさない。 本当は悲しいくせに。本当は寂しいくせに。本当は笑顔なんてしてないくせに。 「メイー」 後ろから抱きつく形でジャックは私にもたれかかる。 苦手なのに、邪険にできないのはどうしてだろう。 ふとそんなことを考えていたら、ジャックが私の顔を覗き込んでいた。 「メイ?」 「…なに?」 「何考えてた?」 「……ジャックが苦手だなぁて話」 そう言うとジャックは目を丸くして、そしてへらりと笑った。その顔が苦手だということに、きっとジャックは気がつかないのだろう。 「メイは僕のこと苦手なの?」 「うん、まぁ、そうだね」 「そっかぁ、なるほどー。ん〜、実は僕もね、メイのことが苦手なんだー」 「…そっか」 そうジャックは言うけれど、私は別に驚きもしない。ジャックが私のことを苦手なのはとうに気付いていた。私以外の人には普通の笑い顔をしているのに、私にはぎこちない笑い顔しかしないから。 お互い苦手同士なのに、何故近くにいるのだろう。 苦手なら離れればいいのに。 「そうだよねぇ」 ジャックの相槌にハッと口元に手を当てる。声に出てしまっていたことに気付いて、私は思わず視線を落とした。 「苦手な人なのに近づくなんてさぁ。きっとドエムなんだろうねー」 「…それって誰のこと?」 「ん?僕とメイ」 「なんで私が入ってるの」 「だって、僕のこと苦手だって言う割に逃げたり避けたりしないじゃん」 ジャックの言葉にウッと言葉を詰まらせる。確かにジャックの言う通りで、苦手な相手なら逃げればいいし、避けたりすればいいのに、ジャックはそれをしない私に疑問を感じているのだろう。 でもそれを言うならジャックだって同じだ。 「ジャックこそ、なんで私が苦手なのにいつも寄ってくるの?」 「んーなんでだろうね?」 「私に聞かれてもわかんないし」 「メイが僕のこと苦手なのわかってるけど、なんかメイ見つけると身体が動いちゃうっていうかさ」 「なに、それ」 「そういうメイだって、僕が授業サボったりしてるとわざわざ迎えに来てくれるよねぇ」 「…教官に頼まれただけだよ」 「ふーん?12組と9組って授業時間違うはずだよねぇ。12組の教官に頼まれるって結構…いや滅多にないと思うんだけどなぁ」 目の端にジャックの顔がちらちら見える。きっとしたり顔をして笑っているに違いない。目なんか絶対合わすもんか。 私だってなんでジャックに会いにいってるか自分でもわからない。ただ、ジャックのことが放っておけないだけで。ていうか、なんで私こんな奴のことなんか考えてるんだ。苦手なのに。 ジャックの腕が私の首に回る。ぴたりと身体を密着させてくるジャックに、何故か顔が熱くなってきた。 「ねぇ」 「…ん」 「メイのこと苦手なのにさぁ、なんでこんなにもメイのこと考えてるんだろ」 「…知らないよ」 「メイに苦手だって言われたのに、なんかこそばゆいんだよねぇ」 「ふーん…」 「なんて言ったらいいのかわかんないけど。ていうか、なんだかんだメイも僕のこと考えてくれてたんだねー」 「………」 ジャックの言葉に否定できず、黙り込む。ジャックのことは苦手だと思っているし、きっとこれからも苦手なんだろう。 でも、その苦手がいつか違う形になるかもしれない。その形が、なにかはわからないけれど。 「メイー」 「なに?」 「名前、呼んで?」 「な、なんで?」 「なんとなく。メイに呼ばれたい。ねー早くー」 「……ジャック」 「もっかい」 「…ジャック」 「……へへ、なんか照れる!」 「!」 「?ん?なに?」 「えっ、や、別に…」 いつものぎこちない笑い顔ではなく、おそらく初めて見たその顔に、思わず面を食らいなんだか急に恥ずかしくなる。腕の力が緩んだのを見逃さず、ジャックから離れるけれど、逃がさまいと言わんばかりに右手を掴まれてしまった。 振り返ると、ジャックの頬が微かに赤みがかっていた。目が合うと、ジャックはフッと笑う。 「僕、もっと、メイのことが知りたい」 「え…」 「離さないからね」 その言葉がなにを表していたのか。 今の私にはそんなこと知る由もなかった。 (2015/11/1)
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