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 ヒリュウは空へと舞い、顔を忙しなく動かしている。同様に蒼龍兵も辺りをキョロキョロと窺っていた。


「チッ、誰だ!邪魔をした奴は!隠れてないで出てきやがれ!」


 そう声を上げるけれど、言われてのこのこと出ていく馬鹿はいない。怒号を上げる蒼龍兵に対し、私は息を潜めヒリュウをじっと窺う。
 すると、突然ヒリュウのサンダーブレスが森に向かって放たれた。バキバキ、という木々の折れる音に私は慌てて立ち上がる。顔を上げてヒリュウを見やると、そこら中にサンダーブレスを放っているヒリュウの姿が目に映った。この森ごと、私たちを焼き尽くすつもりなのだろう。
 まさかそんな行動をしてくるとは思わなかった私はその場に佇む。トキトさんとナギは無事だろうか。COMMで連絡を試みようとするけれど、休むことなく放たれるサンダーブレスのせいでそれどころではなかった。
 このまま森の中にいては木の下敷きになるか火達磨になってしまう。だからといって森から抜け出せば蒼龍兵の思う壺だ。


「(とりあえずナギたちと連絡を取った方がいいかも)」


 倒れてくる木を避けながら、安全を確保できる場所を探す為、森の中を駆け回る。しかし、サンダーブレスのせいで木の葉が焼け、火の粉が舞い、あちらこちらに火が上がり始めていた。森が炎に包まれるのは時間の問題だろう。
 ブリザドで一気に凍らせてしまえば火を消すことくらいどうということはない。だがそれでは蒼龍兵に居場所を教えてしまうことになる。かといってこのまま何もしないわけにもいかない。
 何も答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。炎がジリジリと迫ってきて、結構危ない状況だ。


「(このままじっとしてるよりも、いっそのこと森から抜け出してヒリュウと対峙したほうがいいかもしれない)」


 そう思い、行動に移そうとした直後、背後から木の折れる音が耳に入った。振り返ると目の前に大木が迫ってきていて、思わず目を閉じる。下敷きになる、そう思った時だった。


「――っ!?」


 突然腕を強く引っ張られ、誰かに抱き締められる。目を開ける間も無く、そのまま地面に転がった。その刹那、真横に大木が倒れる音と倒れた衝撃であろう風を受ける。
 冷たい地面を背中に感じながらそっと目を開けると、候補生の証である制服が目に映った。目線を上げれば、そこには険しい顔をしたジャックがいて、先ほどとは違う危機感を覚える。


「………」
「………」
「……た、助けてくださりありがとう、ございます」
「………」
「…あ、あの私はもう大丈夫ですから…どいて、くれませんか…?」


 そんな小細工をしても無駄だとわかりつつも、できるだけ声色を変えてジャックに話しかける。しかしジャックは答えることなく、無表情のままじっと私を見つめていた。
 周りから木が倒れる音がするけれど、ジャックはそっちを見ようともしない。というか、徐々にジャックの顔が近付いてきているような気がする…いや、気のせいではない。確実に近付いている。


「いや、ちょ…あのっ」
「………」


 両手で胸板を押すけれどビクともしない。それどころか両手首を掴まれ、自由を奪われてしまい、足を動かそうにも両足に体重をかけられていて、動かすこともできなかった。
 鼻と鼻がくっつきそうなくらいの距離に、とうとう言葉が出なくなる。この至近距離に冷や汗が出てきて、同時に顔が熱くなってきた。
 その状態のまま数秒経つと、ジャックは片手で私の両手首を掴み、頭上に固定したあと、私の顔に空いた手を伸ばす。そして、朱雀兵がつけている面をゆっくりと外した。


「……メイ」
「………」
「…あんまり僕を、舐めない方がいいよ」


 そこにいつものジャックはいない。にこりとも笑わないジャックに、私は背筋が凍る。その威圧感に何も言えないでいると、不意にジャックの手が私の頬を優しく撫でた。ジャックの手は思いの外、冷たかった。







 森にサンダーブレスが放たれた直後、トキトの元にナギが駆け寄る。


「トキト、大丈夫か!」
「あぁ、なんとかね。でもまさか森ごと焼き払うなんて思いもしなかったよ」


 トキトの服装を見るに、ところどころ破れているが大きな傷を負っている様子はない。ナギはホッと安堵したあと、トキトに「こっちだ」と誘導する。
 トキトはナギの言う通りそれに従うけれど、ふと何かを思い出し、慌ててナギの腕を掴んだ。


「ナギ、メイちゃんは!?」
「あいつなら大丈夫だぜ」
「大丈夫…?」
「おう。あーっと、命は大丈夫だと思うけど、メイ自身は大丈夫じゃねぇかもな」
「?、どういうこと?」
「俺が説教するよりも効果があるってこと」
「??」


 そう言って苦笑を浮かべるナギに対し、トキトは意味がわからない、と首を傾げる。


「それよりも早くここから抜けた方がいい。0組の連中とヒリュウが交戦を始めたからな」
「0組が来たんだね!よかった…」
「モルボルの召喚の妨害も成功したし、トキトは本陣に戻って手当てしてもらえよ」
「了解…あの、さ、ナギ。メイちゃん、本当に大丈夫?」
「俺が回収してくるから大丈夫だって」


 トキトとナギは森を抜けたあと、ナギだけが森の中に姿を消す。残されたトキトは、未だ燃え続ける森を見ながら二人の命運を祈った。