288




 トキトさんの言葉にナギは額を押さえ、はぁーと息を吐き出した。そして意を決したかのように顔を上げる。


「わかった。そのかわり、それに俺も加わるからな」
「な、ナギも?」
「んだよ、心強いだろ?」


 そう言ってフッとナギは笑う。その顔がどこかドヤ顔に見えたけれど、今は何も言わないでおこう。私の思いとは裏腹にトキトさんは素直に「心強いよ!」と口にした。天然ってすごいと思った。
 それよりも、ナギがいたら余計目立つような気がする。その辺ナギはどう思ってるんだろう。そんな時、ナギが鼻で笑った。


「もちろん、朱雀兵の格好するぜ」
「…や、それは当たり前でしょ」
「でも諜報部の仕事はいいのかい?」
「あぁ大丈夫大丈夫、他の奴に頼んでくっから」
「軽っ…そんな簡単に頼めるの?」
「俺を誰だと思ってんだよ。何千、何万人もの人間を騙してきた男だぜ?」
「………」
「………」
「…わりぃ。今のはかなり盛った。謝るからそんな目で見ないでクダサイ」


 私たちの視線に耐えきれなくなったのか、ナギはそう言って項垂れる。そんなナギに、トキトさんを見やるとちょうど彼の目とかち合った。どちらからともなく笑い出す。それをナギはじとりとした目線を私たちに投げかけ、気まずそうに頭をかいた。


 本陣を出た私たちは、皆が進軍しているのを尻目に本陣から少し離れた場所で様子を窺う。ナギは本陣を出た辺りからどこかに通信していて、それが終わったのか顔をこちらに向けた。


「ヒリュウは今、第三陣地から第二陣地に移動中。0組は第四陣地に着いたところだそうだ」
「そ、それは微妙なところだねぇ」
「ほんと微妙すぎる…」
「まぁこちらとしてはあいつらに間に合って欲しいけどな。あっちだってモンスターが邪魔してくるだろうから、少し相手しなくちゃいけねぇかもしれないし」


 だから準備しとけよ。
 そう言ってニヤリと笑ったナギはまたCOMMに連絡が入ったのか背中を向ける。ヒリュウが先にここに到着するか、それともヒリュウが来る前に0組がヒリュウに追いつくか。タイミングが上手く合えば、私たちがヒリュウを相手にしなくても済むだろうけど、今のところ0組が間に合うかは確定できない。
 もう流れに任せるしかないか、と小さく息を吐き出す。そこへ突然トキトさんが「あっ」と声を上げた。トキトさんの方に顔を向けると、空に指をさしているトキトさんが目に入った。同じように目線を空へ移したら、まだ少し距離はあるけれど確かにヒリュウの姿がそこにあった。


「ナギ」
「おう」


 咄嗟にナギに声をかける。ちょうど通信が終わったらしく、気怠そうな様子で頭をかいていた。
 きっと何かあったんだろう。でも問いかけたくても今はそれどころじゃない。とりあえず私たちはヒリュウに見つからないように身を隠した。
 ヒリュウは大きな翼をはためかせて、他の陣地に目もくれず、一直線に本陣に向かっていた。


「ナギ、メイちゃん、どうするんだい?」
「んー、どーすっかなぁ」
「召喚し始めたら妨害すればいいんでしょ?」
「それはそうだけど、一斉に攻撃を仕掛けるより3人分かれて攻撃したほうがいいかもな」
「なるほど。固まってるよりバラバラのほうが標的を絞られにくくなるってことか」
「あぁ。あと何より逃げやすいってのもある。森が近くにあるからな。ただし、深追いはするな。危険だと思ったらすぐ逃げろ」


 ナギの言葉に私とトキトさんは頷く。そして同時に解散しようとした時、ナギが私の名前を呼んだ。


「?なに?」
「あー…いや、気をつけろよ」
「う、うん、ナギもね」
「おー」


 何か言いたげな様子だったけれど、はっきり言わずにナギはその場から消える。さっきからなんなんだ、と眉を顰めながらヒリュウが良く見える位置まで移動を始めた。


 ナギたちと別れたあと、木の影からヒリュウを見上げる。本陣まで1km圏内といったところか。もうそろそろ魔法の準備をしておいたほうがいいだろう。
 私はサンダガを唱えながら、ヒリュウの動向を窺う。やがてヒリュウは本陣のすぐそばにある森に降りると、何かを唱え始めた。まだ0組の姿はない。
 ヒリュウの召喚が始まったあと、私は木の影から出て、ヒリュウに向かってサンダガを放った。


「サンダガ!」


 サンダガを放った瞬間、炎と氷の魔法がヒリュウを襲う。おそらくあれはナギのブリザガとトキトさんのファイガだろう。
 突然攻撃されたヒリュウは、召喚を止めて空へと舞った。


『ここからが正念場だぜ』


 COMMに入ってきたナギの通信に、私は空を舞うヒリュウを睨んだ。







「おいジャック、さっきから誰と通信してるんだ?」
「んーちょっとねー」
「ヒリュウが第二陣地を越えたそうだ」
「もうそんなに…?!急がなきゃ」


 ヒリュウの討伐に向かうなか、3人の先頭を走るジャックは唇を尖らせていた。いつになく焦りを見せているジャックに、エースは小声でキングに話しかける。


「あいつは何を焦ってるんだろう」
「さぁな…まぁあいつがあーなるのは大抵メイが絡んでるんだと思うんだが」
「えっ、でもメイは今魔導院に待機してるはずじゃあ…」
「確かに…あ、あとさっきから誰と通信を取ってるのか気になる」
「珍しいよね。ジャックが誰かと通信するのって私たちとメイ以外、いないはず…」
「…どうなんだろうな」


 1人先に行くジャックの背中を見つめながら、キングは小さく息を吐き出した。