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「まったくもう!メイちゃんはいっつも先に行くんだから!目立つ行動はダメだって言っただろ!」
「ご、ごめんなさい」
「それにメイちゃんは自分のこと考えてなさすぎだよ!もっと自分のことを大切に…」


 あれからトキトさんの元に戻った私は、今現在トキトさんから説教を食らっている。トキトさんは私を見つけるなりホッと安堵した表情をしたと思ったら、すぐに鬼の形相と変わり果てた。そして今に至る。


「聞いてるの、メイちゃん!」
「はっ、はい!すみませんでした…!」


 本陣の端っこで説教を食らっている朱雀兵に、好奇心の目が向けられる。見てる暇があったら進軍してきてほしい。ていうかこっちのほうが余計目立っていることにトキトさんは気付いているのだろうか。


「ぶ、あははは!」
「!?」


 そこへ突然聞き覚えのある笑い声が耳に入る。トキトさんも驚いたのか、忙しなく動いていた口が止まった。不意に首元に腕が回る。顔だけ振り返れば、愉快そうに笑みを浮かべているナギの顔が目に入った。


「ぷぷ…お前なにトキトに説教くらってんだよ。もう何かやらかしたのか?」
「…別になにもやらかしてないもん」
「メイちゃんが勝手にあっちこっち行くからでしょ!」
「うっ…あの、脊髄反射というか、なんか体が勝手に動いちゃって」
「言い訳しない!」
「ごめんなさい…」


 トキトさんが怒るのは本当に心配してくれてたからだろう。そんなに心配してくれていたとは思わず、私は素直に頭を垂れる。ナギはそれを見て、笑いをこらえていた。


「まぁまぁ、トキト、もうその辺にしてやれよ」
「ナギからもなんか言ってやってよ。メイちゃん危なっかしくて見ててヒヤヒヤするんだから」
「えっ、俺からも?」
「えっ」


 ナギはトキトさんにそう言われ、顎に手を当てる。そして、ニヤリと一人笑みを浮かべたあと「あとでじっくり説教しておくよ」と口にした。
 溜め息を溢したくなるのをこらえながら、ふと何故ここにナギがいるのかと疑問が浮かんだ。


「そういえばなんでここにナギがいるの?」
「ん?」
「あ、確かに。ナギも0組に異動になったって聞いたけど、0組と行動はしないのか?」
「そりゃあ0組を内偵しなきゃいけねぇけど、他にもいろいろやらなきゃいけねぇことがあるんだよ」
「……えっ!?0組を内偵?!」
「トキトさん!声、声!」
「あ、ご、ごめん」


 トキトさんは慌てて口に手を当てて周りを窺う。幸い、周りはこちらを気にする余裕もないらしく忙しなく動いていた。
 ホッと安堵しながらナギを見やると、ナギは「あー…」と何とも話し辛いような素振りを見せた。


「気になることがあるからかな」
「気になること?」


 ナギのその言葉に私とトキトさんは顔を見合わせ、そしてまたナギを見る。ナギは頭をかきながら眉間に皺を寄せて口を開いた。


「まだはっきりとはわかってないんだけど、多分、こっちの情報を流してる奴がいる」
「えっ、それって…朱雀を裏切った人がいるってこと?」
「そういうこと。なんつーか、あちらさんやけに用意周到でさ。こっちの攻撃を対策してるのも気にかかってたんだよ。んで、上のやつとそんな話してたら、さっきラーマの街で蒼龍兵と話す朱雀兵を見つけたって情報が入った。今そいつを見張ってるとこ。ま、そういう奴は大抵裏切り者だからな。裏切り者だと確定次第、0組にそいつを始末するよう任務がくだると思うぜ」


 ナギはそう言ってやれやれ、と肩を竦める。さっきローシャナのエナジーウォールが壊れたとの情報が入ったから、きっと0組は今ローシャナに突入してる最中だ。ローシャナを制圧したら次はラーマとなる。
 このまま順調に進めばいいけど、と不安の波が押し寄せてきたそのとき。モーグリから通信が入った。


『さっきのヒリュウが戻ってきたクポ!しつこいクポ!』
「!」
「?メイちゃん?」
『ヒリュウのやつ、今度はどこに向かってるクポ』


 その通信に目を見張る。今、状況は朱雀がローシャナまで攻めていて、時期にローシャナの制圧が終わるだろう。
 朱雀に余裕が出てきているのは確かで、蒼龍はそこにヒリュウを投下する。崖っぷちとなった蒼龍がヒリュウを投下するということは、ヒリュウに全てをかけているということだ。ひとつひとつ落とすよりも手っ取り早くこの制圧戦を終わらせることができる方法はただひとつ。


「…ナギ」
「まずいな」


 ナギを見やるとナギも状況を察したのか、さらに眉間の皺が深くなり顎に手を当てる。
 ヒリュウが次に狙ってくるとしたら、きっと、いやここしかない。


「私が行――」
「ヒリュウに乗れないっつーのにどうするっていうんだよ」
「うっ…」
「メイ、行きたい気持ちはわかるが落ち着け。モーグリからの通信で0組も今の状況を理解してるだろうし、援護がくるはずだ。それに、かち合いたくないんだろ?」


 特にあいつと。
 そう付け足したナギに私は唇を噛む。あいつ、と言ったらジャックしかいないし、もし万が一ジャックに見つかったら確実に問い詰められる。一応、今回はみんなに内緒で来てるのだ。ここで見つかればジャックは疎か、他のみんなにも怒られるだろう。
 そんなめんどくさいことにはなりたくない。なりたくないけれど、でもこのまま指を咥えて見てるだけっていうのも嫌だ。
 そう言いたくても、きっとナギはノーと答えるだろう。私はぐっと拳を握り、顔を俯かせる。どうすればいい、どうすればみんなの役に立てることができるのか。
 頭をフル回転させ考えていると、不意にトキトさんがナギに声をかけた。


「ねぇナギ、あのヒリュウはモルボルを召喚するんだけどさ」
「あぁ、聞いた聞いた。ほんと厄介だよなぁ」
「…0組が来るまでそれを食い止めるっていうのは?」
「……は?」
「もし0組が間に合わなくてモルボルを召喚されたら、本陣が危険だろ?だからメイちゃんと俺で、モルボルを召喚させないようにする。ヒリュウを片付けることはさすがに俺たちではできないけど」
「えっ、ちょ、トキトさん、何言ってるんですか!」


 慌ててトキトさんに振り向くと、トキトさんは至って真剣な表情をしてナギを真っ直ぐ見つめている。ナギはトキトさんの言葉に面食らったのか、口をぽかんと開けて呆然としていた。
 さっきまで無茶をした私を怒っていたのに、突然何を言いだすんだろう。トキトさんの真意が全くわからない。
 トキトさんの発言にいろいろ巡らせていた考えが全部吹っ飛び、頭が真っ白になる。そんな中、ナギは呆れたように小さく息を吐いた。


「トキトお前さっきまでメイを怒ってたじゃねぇか」
「あれはメイちゃんが一人で突っ走っていったから怒ったんだよ。でも今回はメイちゃん一人で行かせない。メイちゃん、また一人で突っ走っていきそうだからね」


 そう言ってトキトさんは私を見る。トキトさんは優しく微笑みを浮かべていた。それはまるで、これで心置きなく行けるだろ、と言っているような気がした。