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 第一陣を私とトキトさんで突入し蒼龍兵を奇襲、途中から朱雀軍が助けに入ってきたことにより、無事第一陣を制圧することができた。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、タチナミ武官から通信が入る。


『敵の動きに変化がある。注意しろ』
「変化…?」


 タチナミ武官の通信に嫌な予感がしてならない。第一陣を制圧した朱雀軍は、すぐさま他の陣地に向け進軍を開始した。私も急いで本陣へ戻る。
 その途中、モーグリから通信が入った。


『クポポー!今度はヒリュウのおでましクポ!注意するクポ!』


 モーグリの通信に戦慄が走る。やっぱりヒリュウが出てきた。一体どこに現れたんだろう。
 それが気になって仕方ない私は森を駆け抜けた。後ろでトキトさんの声が聞こえたけれど、今は返事をする余裕もない。森を一気に抜け、辺りを見回した。ヒリュウの姿はどこにも見当たらない。


「(どこにいるんだろう…)」


 本陣の近くにはヒリュウらしき魔物はいない。山の向こうの陣地のほうかと顔を向けると、新たな通信が入った。


『ヒリュウが怪しい動きを始めたクポ!』


 怪しい動き?怪しい動きとはどんな動きというのか。その前にヒリュウはどこの陣地にいるのだろう。モーグリの通信だけじゃ今どんな状況なのか全くなにもわからない。どこに向かえ、とかの命令が出ていないということは全体を見渡せる場所にいるのだろう。


「本陣の向こう側かな…」


 本陣の向こう側に行けば0組と落ち合う可能性が高くなる。ジャックに一目見られれば間違いなく私だと気付くだろう。諜報部以上の見分け方をできるジャックは一体何者なのか。私限定らしいけど、それはそれで末恐ろしい。
 あれこれ考えるのはやめて、とにかく私はトキトさんと合流して第二陣地に向かうことにした。





 トキトさんを説得したあと、第二陣地に向かう。その途中で、やっと怪しい動きをするヒリュウが目に入った。ヒリュウの動きは確かに怪しくて、辺りをうろうろしたあと朱雀軍が制圧した第三陣地の側で突然低空飛行になる。その姿をじっと目をこらして見ると、何かを唱えているようだった。
 まさか何かを召喚するつもりなのか。もしそうだとしたら第三陣地が危ない。いてもたってもいられず、魔法を唱えながら駆け出した。


『モルボルを召喚し始めたクポ!妨害して阻止するクポ!』
「(ヒリュウがモルボルを召喚?そんなことできるの?!)…っ、サンダガ!」


 大きく手を伸ばしてサンダガを放つ。そのサンダガはヒリュウには当たらなかったものの、ヒリュウの気が散ったのか、モルボルの召喚が止まる。そして、ぐるりと顔をこちらに向けた。


「くそっ、朱雀兵めが…!ヒリュウ!やれぃ!」
「やばっ…!」


 蒼龍兵の命令により、ヒリュウが口から火の玉を吐き出す。勢いよく来る火の玉に慌てて身を翻した。真横を火の玉が通りすぎて、後ろで火の粉が散る。翼の音に顔を上げれば、ヒリュウが次々と火の玉を吐き出してきた。咄嗟にウォールを張る。
 火の玉がいくつも当たるけれど、ウォールのおかげでそこまでダメージは受けていない。でもこのウォールも長くは続かないだろう。


「くっ…」
「チッ、あれも魔法か…ヒリュウ、サンダーブレス!」
「?!」


 さすがにサンダーブレスは受け止めきれない。だけど、今更逃げてもサンダーブレスをもろに受けてしまうだけだ。こうなったら、ウォールで限界まで耐えるしかない。
 私はウォールを再度強く張る。ヒリュウが火の玉を吐き出すのを止めて、サンダーブレスを出そうとしたその時だった。
 どこからともなく、一頭のヨクリュウがヒリュウの目の前を通る。ヨクリュウのその行動に私は目を見張った。


「ヨクリュウ?!な、お前たち邪魔をする気か!?」


 そう言っている間に一頭、また一頭、とヨクリュウが増えていく。ヨクリュウが助けてくれたのだと理解できた私は、今のうちにヒリュウから距離を取ることにした。
 ヒリュウの姿が小さくなったのを確認して、ホッと息を吐く。そのとき、ヒリュウがその場から大きく迂回し始めた。今度は一体どこへ向かうつもりなんだろう。
 そんなことを思っていると、モーグリから通信が入った。


『ヒリュウを追い払ったクポ!今のうちにローシャナを目指すクポ!』


 その通信に首を傾げる。私はただ召喚を阻止しただけ追い払ったわけではない。ということは、ヒリュウを追い払った人は多分、0組だろう。あそこに止まらなくてよかったと心底思い、心配しているであろうトキトさんと合流するため、私は踵を返した。





 ヒリュウを追い払った0組は次にローシャナに向かう。その道中、ジャックは何故か浮かない顔をしていた。見兼ねたエースが声をかける。


「ジャック?浮かない顔してどうしたんだ?」
「ん?んー…なんか引っかかるんだよねぇ」
「引っかかる?」
「…、やっぱ何もない!ごめんねぇ」


 そう言って笑うジャックにエースは首を傾げる。ヒリュウを倒したあとからジャックは急に口数が少なくなった。0組はヒリュウを追い払うのと、ローシャナに侵攻するのとで二手に分かれていた。
 ヒリュウを追い払ったジャック、エース、キング、レムはローシャナを侵攻中の皆の元へ戻るため、急いでローシャナに向かっていた。
 ジャックは走りながら、頭の中にさっきのヒリュウの姿が脳裏に浮かぶ。
 ヒリュウがモルボルを召喚し始めたあと、大きな稲妻がヒリュウを襲った。そのとき、ジャックたちはヒリュウに攻撃が届くほどの距離には居らず、誰かがその召喚を妨害したのだと気付いた。モルボルを召喚し損ねたヒリュウは、妨害したであろう誰かに攻撃を仕掛けていたのだが、途中でヨクリュウがヒリュウを襲ったのだ。
 ジャックたちがヒリュウの元へ着くと、そのヨクリュウたちは空へ散って行ってしまった。味方同士なのに、ヒリュウがヨクリュウを襲った理由や、そのあとこちらに攻撃をせずどこかへ散っていったのは何故か。
 ジャックは深いため息を溢す。


「…なんでいるのかなぁ」


 その小さな声はエースたちに届くことはなかった。