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 冷の月18日、ドラゴンスレイヤー作戦が始まろうとしていた。


 ローシャナ州から後退を余儀なくされたものの、地力に優る朱雀軍は、国境地域で態勢を整え、再侵攻を開始した。

 そんな中、私は朱雀軍本陣に朱雀兵として紛れ込んでいた。


「メイちゃん本当に大丈夫?」
「大丈夫です。上手くやります!ヘマしたらナギに怒られるどころじゃなくなりますし」
「それはそうだけど…待機命令なんて滅多に出されるものじゃないんだよ?」
「承知の上です。トキトさん、このことはどうか内密にお願いします…!」


 魔導院には私に変装したカルラが待機していてくれている。先日、時給2000ギルというぼったくり価格で、取引が決まった。時給2000ギルってぼったくりにも程がある。そう文句を言ったけれど、これでも友人価格にまけてあげてるんだからと言われてしまった。納得いかないけれど、これ以上引かないカルラに泣く泣く承諾したのだ。
 そんなこんなで、私はナギから事情を聞いたトキトさんと一緒にいる。単独行動させないように釘を指されているらしい。
 ナギめ、なんて余計なことをしてくれたのだろう。まぁでも今回はさすがにヒリュウに乗るわけにはいかない。朱雀兵の姿のままヒリュウに乗ればもちろん目立つし、それが上層部に知れたらすぐに私だとバレるだろう。そうなったらせっかくカルラやトキトさんが協力してくれたのに全部水の泡になってしまう。それだけは絶対にしたくない。


「(でも…)」


 そうは言っても、相手はドラゴンを扱う蒼龍。もしヒリュウが現れたりなんかしたら、苦戦を強いられるのは目に見えている。だけどヒリュウを連れてくるわけにはいかない。


「(もしヒリュウが出てきたらこの状態で戦うしかないのかな…)」


 いくら魔法があっても相手は自由自在に空を飛ぶヒリュウで、ヨクリュウよりもかなり手強い。地上戦が朱雀に有利でも空での戦いは圧倒的に不利だ。
 もしヒリュウが現れたらどうすればいいんだろうか。私一人でなんとかできる相手ではないのはわかっている。だけどヒリュウを抑えなきゃ、戦況は確実に苦しくなるだろう。


「第二陣、攻撃を開始しました!」
「!」
「これより私たちも蒼龍軍へ出陣する!お前たちにクリスタルの加護あれ!」


 その号令により、本陣が慌ただしくなる。エリア制圧戦が始まると同時に、私は0組のモーグリからの通信を繋いだ。
 私がモーグリの通信を聞いていることを知る人はナギ以外にいない。本当に誰にも知らせずにここにきたから、0組のみんなにもバレたら色々とやばいのだ。そういう訳で、0組の行動も把握しておかなければならなかった。


『今回の任務は敵の本拠地である【ラーマ】の制圧クポ!先行部隊が【第三陣地】に向けて進行中クポ!まずはここを落とすクポ!』


 多分、その先行部隊はさっき言った第二陣の部隊のことだろう。ということは、0組はもうすぐ近くまで来ているということだ。


『次にローシャナを攻めるクポ!ローシャナ地方の要となる拠点クポ!ここを制圧すれば、一気に戦局が有利になるクポ!!』


 第三陣地を落としたあと、ローシャナに向かうのなら私とは落ち合うことはないだろう。ホッと安堵の息を吐きながら、進軍していく隊に紛れ込んだ。
 こちらに向かって進軍してくるのは魔物ばかりで、蒼龍兵は陣地の中で魔物を操っているようだった。陣地に直接乗り込んだほうがいいと思った私は、一応トキトさんに声をかける。


「トキトさん」
「ん?」
「陣地に直接乗り込んでいっていいですか」
「……えぇ?!だ、だめだよ!単独行動しないように見張れってナギに言われてるんだし」
「でも、このままじゃ埒があかないですよ」


 魔物との戦いはお互い譲らず、相殺される形となっていた。単独行動するな、とナギに直接言われたわけではない。トキトさんは釘を指されたようだけど、でもこのままだと本当に埒があかない気がした。

 こうなってしまった以上、もう最終手段しかない。


「…トキトさん!」
「な、なに?」
「一緒に行きましょう!」
「は?!え、いや、ちょっとメイちゃん!?」


 トキトさんの手を掴んで走り出す。幸い、他の人たちは魔物との戦いに集中していて、隊から抜け出した私たちには気付いていないようだった。
 本陣に進軍してくるのは第一陣地で、ヨクリュウを送り込んでいる。そこを制圧すれば、本陣にも余裕ができるだろう。私はトキトさんを連れて第一陣地に向かった。
 第一陣地から繰り出されるヨクリュウの大群に見つからないように、森の中で息をひそめる。


「メイちゃん、俺たちだけじゃ無謀だよ」
「でも第一陣地を制圧すれば本陣を攻撃する敵がいなくなるじゃないですか」
「そ、それはそうだけどまさか俺たちだけで行くつもりじゃないよね…?」
「私これでも諜報部にいましたから、ヨクリュウを操る蒼龍兵を見つけることくらい容易いです。…トキトさんはどうします?」


 そういうとトキトさんは苦笑を浮かべる。そして、ふぅ、と小さく息を吐いたあと「着いてくよ」と言って笑った。


「メイちゃんが行くのに俺が行かないなんて男として情けないし、それに女の子を1人にさせられないよ」
「…トキトさん、ありがとうございます」
「お礼をいうのは俺のほうだよ。メイちゃんにはいろいろと恩があるからね」


 よし、頑張るぞ。とトキトさんは自分に言い聞かせるようにつぶやく。そんなトキトさんを見て、私も頑張るぞ、と意気込みをいれて立ち上がった。