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 その日、ナギが言っていた通りセトメ地区へ機密文書を入手せよとの任務がモーグリから話された。4名という少なさから選ばれたのは、エース、エイト、デュース、セブンだった。


「じゃあ行ってくるよ」
「頑張ってね〜」
「シンクさんも課題頑張ってくださいね」
「あ、あはは〜、頑張るよ〜…」


 シンクは顔を引きつらせながら四人に手を振る。それを見送ったあと、私たちは自分の時間を各々過ごしていた。ナインとシンク、そしてジャックはトレイの監視のもと、課題をこなしている。ナインとジャックにはキングが、シンクにはクイーンがついて、勉強を教えていた。


「0組っていつもこうなのか?」
「ん?ううん、いつもではないかな」
「ふーん…」


 ムツキは不思議そうにその光景を眺める。そして、飽きたのか爆弾造りに励み始めた。そんなムツキを見ながら、私は欠伸を噛み殺し、魔法学の教本を開いた。







 機密文書を入手する作戦は見事成功し、エースたちが帰ってきたのと同時に三人の課題も無事終わりを告げた。クタクタになっている三人に、トレイが満足そうに頷いている。


「あなたたち、やればできるじゃないですか」
「はぁ…もうっ、トレイの鬼ー!」
「トレイの鬼畜〜!」
「何とでも言いなさい。私はあなたたちのためなら鬼にもなりますよ」


 そう言って不敵に笑みを浮かべるトレイに、三人は恐れからか身を寄せ合う。
 ムツキは自習が終わった後、武官に呼ばれたらしく武装研究所へと向かい、リィドさんは今日は用事があったらしく、自習が終わると早々に教室を出て行った。ケイトとサイスさんも自習が終わったあとリフレへと向かい、残ったのは私、トレイ、シンク、ナイン、ジャック、クイーン、キング、ナギで、私とナギは課題をやっている三人を遠目から見守っていたのだ。
 その様子を眺めながら、私は本を持って腰を上げた。


「クリスタリウム行くのか?」
「うん、これ返しに行かなきゃ」
「なら俺も――」
「僕も行くー!」


 教室中に響くその声に、誰もが振り返る。ナギが面倒くさそうにジャックに振り向いた。


「ほんっとお前地獄耳だな」
「そういうナギだって抜け目ないよねぇ」
「別についていくだけなのに何か問題あるのか?」
「大ありだよ!」


 ばちばちと火花を散らす二人に思わず溜め息が溢れる。当分言い合いが続くだろうなと思っていたら、セブンに声を掛けられた。


「私もクリスタリウムに用があるんだ、一緒にいいか?」
「あぁうん、行こっか」
「あの二人は…」
「ほっといていいよ」


 そう言って教室を出る。隣に並んだセブンは苦笑いを浮かべていた。







 冷の月15日、新たな任務が0組に通達された。
 皇国軍の動きを監視していた朱雀軍偵察部隊から連絡が途絶したとのこと。皇国側の不審な動きに疑問を抱いた諜報部が軍令部に部隊派遣を依頼し、その調査を0組が任命されたという。
 0組は直ちにセトメ地区にあるクリモフ山に向かわなければならない。みんなが支度を始める中、私は何故かモーグリに呼び出された。


「なに?」
「メイは魔導院で待機クポ」
「…え?」
「ごめんクポ…上からの命令クポ…」


 そういいながらモーグリは項垂れる。私が待機だという理由は聞かされていないようだった。上からの命令なら仕方がない。仕方がないけれど、納得はできなかった。


「えー!?なに、メイは来れないの?!」
「わっ、じゃ、ジャック…」


 背中に軽い衝撃と重圧がかかり、頭の上からジャックの声が耳に入る。後ろから抱き締められる形になっていて、ジャックから伝わる熱に何故か安堵感を覚えた。


「ねぇ、なんでメイだけ待機なの?」
「う、上からの命令クポ。残念だけど、理由は聞かされてないクポ…」
「えー…あ!じゃあ僕も待機す…」
「お前は待機命令出されてないだろが」
「ぐぇ」


 ジャックの呻き声と共に、体から重圧感がフッと消える。ちらりと後ろを見ると、ナギが薄ら笑いを浮かべてジャックのマントを引っ張っていた。


「上からの命令なら仕方ないな」
「!セブン…」
「そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいい。私たちで行ってくるよ」
「…うん、気をつけて、行ってらっしゃい」
「ああ」
「セブン、こいつもちゃんと連れてってくれよ」


 ナギはジャックをセブンの方に突き飛ばす。ジャックは転びそうになりながらも何とか踏ん張り、じろりとナギを睨みつけた。


「おも、きしマント引っ張、たなぁ…ゴホッ」
「早く行けっての」
「うー…メイ!は、早く終わらせ、ゴホッ、帰るからね!」
「う、うん、気をつけてね」


 そう言ってジャックたちは教室を後にした。残されたのは私とナギのみで、ナギは行かないのかと視線を向けるとちょうどナギと目があった。


「ん?俺なら行かねぇよ」
「え、なんで?」
「調べ物。ていっても大したことじゃないけどな」
「?そう」


 静かさを取り戻した教室の中で、私は小さく息を吐く。
 どうして私だけ任務に行けなかったのだろう。上からの命令とはいえ、私も0組の一員なわけで、一人だけ待機命令だなんてみんなに申し訳がたたない。病み上がりとはいえ、今まで鍛錬してきたのだ。体も元に戻ってるはずなのに。


「上からの命令が気になるか?」
「え……まぁ、ね」
「まーまだ完全に疑いが晴れてねぇからなー…本作戦には参加せざるを得ないだろうけど、まだ単独行動させたくないんだろうな」
「単独って…みんなもいるのに」
「そのみんな、の中にも疑われてるやつがいるとしたら?」
「は…?…まさか…」
「…まぁ、ドクターがいるから大丈夫だろ」


 頭の中に浮かんだ一人の人物に、私は自然と唇を噛む。やっぱり巻き込みすぎたんだ。今更悔やんでも仕方ないことだけれど、彼に、ジャックに甘えすぎていた。もっと慎重に行動しなければ。彼やみんなを、巻き込まないようにしなくては。


「あんまり一人で抱えんなよ」
「!」
「あーあと、巻き込まないように、なんて考えてっと、またあいつに怒られるぞ」


 そう言ってナギはフッと笑う。さすが、小さい頃から一緒にいただけある。的を得ている言葉に、私は苦笑するしかなかった。