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 翌日、ジャックといつものように闘技場に向かう。ジャックは眠い目を擦りながら歩いていて、クイーンに出された課題を夜中までやっていたのだろうと容易に推測できた。私はジャックの顔を覗き込んで話し掛ける。


「課題、終わった?」
「んや、まだ全然…期限は明日までだし、今日頑張るよー」
「ちゃんと終わらせなきゃクイーンとトレイからの説教が待ってるもんね」
「それだけは避けたいよねー…メイ、手伝ってー」
「クイーンに釘刺されてるから無理」
「えー!?そんなぁ…」


 がくりと項垂れるジャックに苦笑いしていたら、リィドさんの後ろ姿が目に入った。その背中には、0組の証である鮮やかな朱色のマントが着用されている。ジャックも気が付いたのか、小さく声を上げた。


「ねぇ、リィドのマントの色って――」
「リィドさん、おはようございます」


 ジャックの言葉を遮ってリィドさんに声をかける。リィドさんはゆっくり振り返り、目を細めながら口を開いた。


「お前たちか。おはよう」
「マント、似合ってますよ」
「そうか?まだあまり実感が湧かないんだが」
「…ちょっとー、僕だけ置いてけぼりにしないでくれないー?」


 むっと唇を尖らせるジャックに、リィドさんはジャックに視線を向ける。そして、0組に入ることになった切っ掛けを口にした。


「戦力外通告されたんだが、トレイとシンクに戦場での経験や知識を分けて欲しいと言われてな」
「それで0組に誘われたってこと?」
「そうだ」


 リィドさんがそう言うと、ジャックは「ふーん」と気の抜けた相槌を打つ。そして、じとりとした目線を私に寄越してきた。


「で、メイはなんでそれを知ってたの?」
「え、あーそれはまぁ…マント見ればわかるでしょ」
「へぇー?」


 ジッと見つめてくるジャックの目線から逃げるように顔を逸らす。ジャックの目は色んな意味で苦手だ。何もかも見透かされそうだから。
 そんな私を他所に、リィドさんがジャックの名前を呼ぶ。


「なぁに?」
「お前と一度手合わせをしたいのだが」
「えっ、またなんで?」
「メイのことを守れるような男かどうか、見極めたい」
「ちょ、リィドさん何言い出すんですか」
「そ、そうだよー、手合わせしなくてもメイのことはちゃんと守るから大丈夫だって。もう、メイのお父さんみたいなこと言わないでよねー」
「お父さん、か。それも考えておこう」
「いやそれ考える必要ないですから!」


 そう突っ込みを入れるけれど、リィドさんなら本気でそれを考え兼ねない。彼が冗談を言うような人ではないことはジャックもわかるはずだ。そして、手合わせを避けられないことも。
 ちらりとジャックを見遣る。ジャックの顔は見事に引きつっていた。


「ま、まったく、リィドってば冗談は図体だけにしてよねぇ」
「?、冗談ではない。本気なのだが」
「えー…だからさ、心配しなくてもメイのことは何が何でも守るって」
「メイを守れないような男にはメイを渡すわけにはいかない。その男に相応しいかどうか、見たいだけだ」
「うわぁ、言い方まんまお父さんじゃん…」
「リィドさん…」


 若干引いた眼差しでジャックはリィドさんを見る。しかし、リィドさんの目は真剣そのもので、ジャックは観念したように小さく息を吐いた。そして私に振り返る。


「メイを渡せないとまで言われちゃあ、流石に黙っていられないや。メイ、僕の勇姿、ちゃんと見ててね」
「え、う、うん?」
「よーし、手加減なんかしないんだからねー」
「あぁ、よろしく頼む」


 さっきまで面倒くさそうだったのに、いつの間にかやる気満々だと言わんばかりにジャックは右腕をぐるぐると回す。2人揃って闘技場に歩き始めるその背中を、私は慌てて追いかけた。





「もう無理、もう動けない、エイトおんぶ…」
「自分で歩けよ。それにしてもあれだけで根を上げるのか?まだまだ未熟だな」
「エイトと一緒にしないでよね、脳筋…」
「よし、もう一戦やるか」
「うわー!ごめんなさい、もう勘弁してください!」


 そう言ってジャックは慌てて私の後ろに隠れる。そんなジャックをエイトとリィドさんは呆れたように溜め息を吐いた。
 ジャックとリィドさんとの手合わせはほとんど互角で渡り合っていて、見ていてなかなか面白かった。エイトもそれを見て、いてもたっても居られなかったのか、二人の中に飛び込んで行ってしまったのだ。エイトが加わった瞬間、ジャックは刀を仕舞おうとしたのだが、エイトの連続攻撃がジャックを襲い、結局最後までずっと守りに徹していた。


「エイトさえ飛び込んで来なかったら僕が勝ってたのに…」
「そうか?オレには互角に見えたけど」
「いーや、僕が勝ってたもんね。エイトが飛び込んで来なかったら、の話だけど」


 不服そうな表情でエイトに嫌味を言うジャックに、エイトは苦笑を浮かべる。ふとリィドさんを見遣ると、そんな二人のことを目を細めて見つめていた。
 リィドさんに声を掛けようとした時、不意に手を引かれる。


「ちょ、」
「じゃあ僕たち先に教室行ってるねー」
「あ、こら待てジャック!」


 エイトの制止の声も聞かず、ジャックは走り出した。