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 リィドさんが鍛錬に加わってくれて、朝から凄くハードだけれど身体は着実に元の動きを取り戻せるようになっていた。その代わり、授業中が眠くて仕方ない。自習だからとはいえ怠ることも気が進まないし、でも眠いしで、眠気との戦いだった。
 瞼が重い。何回目かの欠伸を噛み殺し、頬杖をつく。珍しく誰も騒がない教室が余計眠気を誘った。


「(もう駄目だ…少しだけ、いいよね…)」


 幸いここは一番後ろの席で、誰からも目につかないはず。本を開いたままそれを横に置いて机に顔を伏せる。ゆっくり瞼を閉じれば、眠気のせいもありすぐに意識が飛んだ。


 ふと瞼を開ける。すると目の前に飛び込んできたのはトンベリの顔だった。


「トンベリ…?」
「あ、起きたぁ?」
「ぎゃっ!?」


 次に飛び込んできたのはジャックの顔で、思わず飛び起きた。辺りを見回せば教室には誰一人といない。窓に視線を向ければ、陽は傾き始めていた。
 夕方になるまで寝ていたのか、と呆然とする私にジャックの声が耳に入る。


「お昼もぶっ通しで寝てたんだよ?」
「そんなに寝てたんだ…」
「まぁ朝からあんな鍛錬してたら眠くもなるよー」
「いやでも夕方まで寝ちゃうって異常だよ」
「それほど疲れてるんだって」


 全くもう、と呆れるジャックに私は肩を竦める。ジャックに呆れられるなんて余程のことだ。ジャックに失礼だけれど。
 そう思いながらふとトンベリを見やる。まさか、私が起きるまでずっと側に居てくれたのだろうか。わざわざ待ってくれていたトンベリに、申し訳なく思った。


「ねぇ、メイが起きるまでトンベリも待ってたけど、僕も起きるまで待ってたからね!?」
「ジャックは言わなくてもわかるよ」
「えっ」
「ありがとね、トンベリ、ジャック」


 そう言ってトンベリの頭を撫でる。トンベリは気持ち良さそうに目を細くさせて、私の手に頭を押し当ててきた。それを微笑ましく見ていると、肩をツンツンと突かれる。振り返ればジャックが僕もと言いたげな顔で頭を私に傾けていた。


「…なに?」
「ん?僕も待ってたよ?」
「うん、ありがとう」
「ちょ、僕には撫でてくんないの?!」


 何故そうなる、と思っていたらジャックがしゅんと肩を落とした。その姿が可愛らしくて頬が緩む。仕方ない、そう思いながらジャックに手を伸ばした。


「!」
「これでいい?」
「…へへー」


 ジャックはへらりとだらしない笑みを浮かべる。見た目より意外とふわふわした髪の毛の触り心地を堪能したあと、私は立ち上がった。


「さて、と。そろそろ行かないと」
「今日はもう鍛錬しないでね?」
「はいはい、たまには休まなきゃね。じゃあカヅサさんのとこ行ってくる」
「え?!そっち?!」
「?うん。ジャックはどうする?」
「あの人のとこに何しに行くのさ…」


 唇を尖らせるジャックに私は思わず苦笑いする。そんなにカヅサさんが嫌なのか、と問えば意外にもジャックは首を横に振った。その答えに首を傾げる。


「あの人は嫌というより苦手っていうか…」
「それ同じ意味じゃないの?」
「んー、ねぇまさかあのクラサメって人のとこ行くの?」
「うん、トンベリの飼い主でもあるしね」
「ふーん…」


 ジャックは面白くなさそうに呟いて、両手を頭の後ろに組んだ。以前も同じようなことがあったな、と思いながら私はジャックの腕を引っ張る。バランスを崩すジャックの手を取って足を動かした。


「わわっ、ちょ、メイ?!」
「ほら、行くよ」


 有無を言わさずに歩き出す私をジャックは引き止めるわけでもなく、大人しく従う。トンベリはクラサメ隊長に会えるからか、軽快な足取りで私たちの先を行っていた。