273.5
メイがいなくなったあと、キングとトレイが揃って僕に振り返る。二人のじとりとした目線に、僕は思わず笑みを浮かべた。
「あは、逃げられちゃった」 「…そりゃ逃げたくもなるだろう」
キングは呆れたように息を吐く。僕とメイの仲はキングたちはもちろん、皆からも公認されてるんだから逃げなくてもいいのに、メイってば恥ずかしがり屋なんだから、と思っているとトレイが僕の目の前に立ち塞がった。ちらりと顔を見れば、眉間に皺を寄せたトレイと目が合う。 これは説教かな、と思いながら僕は口を開いた。
「なぁに?トレイ」 「…ジャック、場所を弁えなさい」 「えー、それはちょっと無理…」 「場所を、弁えなさい」 「…はい。キヲツケマス」
トレイの圧力に耐えきれず僕は頭を垂らす。しかし、もっと続くかと思った説教はそれだけで終わり、トレイは踵を返した。 呆然となっている僕の頭にキングの拳骨が落ちてくる。ゴンッという音と共に鈍痛が僕を襲った。
「〜っ痛いよ!何すんのさキングー!」 「だらしない顔していたからついな」 「だっ……、はは〜ん、そう言って実は羨ましいとか思ったから僕に八つ当たりを…いたっ!?」 「そんなくだらんことを俺がするわけないだろ」 「じゃあなんで殴るのさー!」
ふん、と鼻を鳴らしてキングも踵を返す。僕は殴られた部分を手で押さえながら、キングとトレイの後を追い掛けた。 キングはああ言ってるけど、実際は羨ましいと思ってそうだ。もちろん、メイが好きだから羨ましがっているわけじゃない。キングは多分男女の色恋沙汰に憧れているのだろう。仏頂面なキングだけれど、僕と同じ健全な男子なのだ。僕とメイの仲を間近で見て、羨ましいと思わないわけがない。トレイもきっとキングと同様だろう。なんか二人が不憫に思えてきた。 哀れみの意を込めて二人を見ていたら、不意にキングが振り返る。そして僕の頭にもう一発拳骨が落ちてきた。
「その目で見るのやめろ。不愉快だ」 「うぅ〜…ほんとキングは容赦ないんだからぁ…」
計三発の拳骨を食らったところは、きっと明日にはコブになっていることだろう。
闘技場を出たところで、トレイが僕にちらりと顔を向けて口を開いた。
「ところで、なんでまた闘技場にいたのですか?」 「あー、それはメイがエイトの鍛錬に付き合うって言い出してねぇ」 「で、お前はエイトとメイを二人きりにしたくないから、鍛錬しないくせに着いてきたというわけか」 「え、なんで鍛錬してないってわかるの?」 「鍛錬してたなら汗のひとつやふたつかくだろうが」 「メイの額には汗が滲んでいたのに、あなたにはそれらしきものが見当たりませんからね」
二人はやれやれといった感じで肩を落とす。さすがトレイとキングだと思いながら、僕は言葉を返すこともできず苦笑いを浮かべるしかなかった。 そんな僕を余所にトレイは腕を組みながら首を傾げる。
「確かまだ目が覚めて1週間弱でしたよね?エイトと鍛錬するなんて無理をしすぎではないでしょうか…」 「うんうん、僕もそれが心配でねー。だから一緒に来たんだけど」 「そういえばエイトから聞いたが、一緒に来たくせに寝ていたらしいな?」 「うぐっ……」
キングの鋭い目付きが僕に突き刺さる。エイトめ、余計なことを、とひとりごちる僕を見ながら、トレイは呆れたように溜め息を吐いた。 そりゃあ途中まで二人の鍛錬をハラハラと見てたよ。見てたけど思いの外闘技場の陽当たりが良くて、朝早く起きたのもあったし寝ちゃうのは仕方ないと思う。 自分でもよくわからない言い訳を、キングは口端を上げながら鼻で笑った。
「そんなこと俺たちに言っても仕方ないだろ」 「そ、そうだけどさぁ」 「メイを心配するのはわかりますが、心配しているのにも関わらず寝てしまうというあなたの神経には理解し兼ねますね」 「うぅ……」 「もう少し気を引き締めたらどうだ」 「えっ、それはメイのことを狙ってる人がいるから気を引き締めろってこと?!」 「…これは重症ですね」 「…いやもう一生治らないだろ」
そう言いながら、トレイとキングは哀れむような目線を僕に寄越してきた。一生治らない、本当にそうだったらいいのに――。
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