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マスターが淹れてくれた紅茶を一口飲んだあと、ふぅと小さく息を吐く。そしてカップをテーブルに置くとエイトに話し掛けた。
「あのさ、エイト」 「ん?」 「頼みがあるんだけど…」 「頼み?なんだ?」
エイトは首を傾げて真っ直ぐ私を見据える。そして口を開こうとした瞬間、背後から聞き慣れた声が耳に入った。
「メイー!」 「…あいつはいつもタイミングが良いな」 「ほんとにね…」
エイトと共に苦笑いをしながら、私は後ろを振り返る。そこには嬉しそうな表情で私たちに駆け寄ってくるジャックの姿が目に映った。 ジャックは私とエイトの間に立って私の顔を覗き込む。にこにこと意味深な笑みを浮かべたままのジャックに、私はその圧力に負けて今座っている椅子からひとつ隣に移動した。そして、私が座っていた椅子にジャックが素早く腰をかける。
「ありがと、メイ。あとおはよー」 「ん、おはよう」 「エイトも、おっはよー」 「あぁ、おはよう」
ジャックの行動に呆れながら挨拶を交わす。ジャックはマスターにカフェオレを頼むと私に振り向いた。
「で?」 「え?」 「エイトに頼みってなんなの?」
なんでジャックがそれを言うのか、と眉を顰める。というかエイトへ頼みたいことのくだりを聞いていたなんて、ナギと同じくらい侮れない男だ。きっとこの様子だと言うまで解放されないだろう。別に大したことじゃないからいいのだけれど、なんか釈然としなかった。 私は小さく肩を落としてエイトを見る。ジャックの向こうにいるエイトはきょとんとしていた。
「えーと、エイトって毎朝鍛錬してるよね?」 「まぁ、そうだな」 「その、私も鍛錬に付き合わせてもらいたくて」 「オレは構わないけど…」
そう言いながら、エイトはジャックをちらりと見る。ジャックは笑顔のままだったが、笑みを浮かべているはずの口元が引きつっているように見えた。 1ヶ月弱寝ていた私は歩くのでさえリハビリが必要だったのだ。今から無理にでも鍛練しなければ、以前のような動きを取り戻すことはできないだろう。これからどんどん激戦となっていくであろう時に私一人だけのうのうとしていられない。一刻も早く以前の動きができるようになりたかった。 鍛錬にストイックなエイトとならすぐにとはいかないけれど、短期間で動けるようになるかもしれないと思ったのだ。
「ぼ、僕も付き合う!」 「「は?」」
私とエイトの声が重なる。声を発した本人はというと、何故か片手を高々に挙げていた。そしてジャックはエイトに詰め寄る。
「ねぇいいよね?エイト」 「あ、ああ…いいんじゃないか?な、メイ」 「え、あー、うん…ジャックが良いんなら…」
私がそう言うとジャックはパァッと顔を輝かせて、マスターから手渡されたカフェオレを一気に飲み干した。まさかジャックが一緒に鍛錬をすると言い出すとは思わなかった。 意外な展開に驚きつつも、私は紅茶を口にする。口に広がる紅茶の味を噛み締めていると、エイトが席を立った。
「ごちそうさま」 「あれ?エイトもう行くのー?」 「邪魔者は退散するよ」 「邪魔者だなんてそんな…」 「そっかそっかぁ、ありがとねー、エイト」
苦笑いを浮かべるエイトに慌てて否定しようとするも、ジャックが私の言葉を遮ってお礼を言う。ぎょっとしてジャックを凝視すると、私の視線に気付いたのかジャックは含み笑いを浮かべた。ああもう、なんでこいつはいつもこう…。
「メイ」 「は、はい?!」
不意に名前を呼ばれて体が跳ね上がる。顔を上げるとエイトと目が合った。
「その、もしよかったら、今度オレと手合わせしてくれないか?」 「手合わせ?いいけど…今は以前のように動けないよ?」 「以前の動きを取り戻せるまで待ってるよ。オレさ、メイとは一度手合わせしてみたいと思ってたんだ」 「えっ、そうなの?」 「あぁ、それじゃまた後でな」
エイトはそれだけ言うとリフレを後にする。それを見送った私はふと視線を感じて後ろを振り返った。少しだけ眉間に皺を寄せてムッとしているジャックが目に映る。
「な、なに?」 「なんでエイトなのさぁ?」 「は?何が?」 「だからー鍛錬の相手。言ってくれれば僕が付き合うのに」
そう言ってジャックは唇を尖らせる。私はそんなジャックに苦笑いしながら、口を開いた。
「エイトは0組の中で一番体術が長けてるからね。それに鍛錬にストイックだし」 「あぁ…そうだねぇ」
納得しているのかしていないのか、頬を膨らませて視線を落とす。ひとりひとりの能力が違うのだから、そんなに拗ねることないのにと思いながら私は頬杖をついた。
「ジャック」 「んー?」 「ジャックも鍛錬に付き合ってくれるんだよね?」 「もちろん!あー、でも見てるだけになるかも…。エイトには着いていけそうにないし」
そう言いながら苦笑を浮かべる。見てるだけになるかもしれないのに、わざわざ付き合うと宣言したジャックにくすぐったいような気持ちになった。 エイトの鍛錬姿を見たことがないから、想像がつかないけれど、あのエイトのことだ。きっと想像以上な鍛錬に励むのだろう。着いていけるか心配だ。 不意にジャックが私に振り向く。碧い瞳が私を捉えながら口を開いた。
「僕がいたら邪魔?」 「え?全然、そんなことないよ」 「本当に?」 「うん、本当に。むしろ頑張ろうって気になれるかな」
そう言うとジャックはだらしない笑顔を浮かべて、照れ臭そうに頬をかいた。
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