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 ヒショウさんは私の両手を握ったまま鼻を啜りながら口を開いた。


「それにしても、目が覚めてどんくらい経ったんだ?」
「えーと、ちょうど今日で1週間、ですね」
「1週間……1週間?!もう出歩いてて平気なのか!?」
「えぇ、まぁ…チョコボのこともずっと気になってたので……」


 ヒショウさんに圧倒される私に、肩を震わせているナギが目に入る。笑うところなのかと思っていると、ヒショウさんの後ろからツバサさんとオオバネさんが近付いてくるが見えた。ヒショウさんには悪いが、助かったと思ってしまった。


「おいヒショウ、メイが困ってるだろう」
「ほら、ヒヨチョコボしまうから手伝って」
「うわ、わ!わかった、わかったから襟掴まないでくれ!絞まるから!」


 そう言いながらヒショウさんはツバサさんに引き摺られていく。「メイちゃん、またなぁ〜」と何とも滑稽な姿で手を振るヒショウさんに苦笑しながら手を振り返した。不意に自分の肩に手が乗る。反射的に振り向くと、ニヤニヤと妖しい笑みを浮かべたナギと目が合った。なんだ、その笑みは。


「なに?」
「まーただらしねぇ顔してんなと思って」
「えっ」


 咄嗟に両頬を押さえる。そんな私にナギはくっくっと堪えるように笑った。思わずムッとして踵を返す。
 頬が緩んだのは確かだけれど、見てわざわざ言うことはないだろう。本当ナギは昔から意地悪だ。
 ヒヨチョコボに解放されたトンベリが私に駆け寄ってくる。トンベリを抱き上げて魔法陣に向かうと、魔法陣の横にナギがいきなり現れた。こんなとこでテレポを使うなんて、魔力の無駄遣いもいいところだ。


「次はどこ行くんだ?」
「ナギには関係ないでしょ」
「んな寂しいこと言うなよ。病み上がりなんだから無茶しないか心配なだけだって」


 苦笑しながらそう言うナギに、私は肩を落とす。
 無茶できないことくらい自分が一番わかってるっていうのに、心配性はいつまで経っても直らないらしい。それが嬉しくもあり、申し訳なくも思う。私がいなければナギは余計なことを気にかけずに済んだのだから。
 そこまで考えて私は頭を振った。ネガティブなことばかり考えてたらまたジャックに呆れられてしまう。ナギに怒られるのも目に見えていた。もうこんな考え方やめよう、皆に失礼だ。


「メイ?」
「ん?あー、マスターのところに行ってくるよ」
「…そっか」
「ナギは?」
「俺はやることがあるからなぁ。寂しいだろうけど、一人で行けるか?」
「別に寂しくないけど。それじゃあまたね」
「おい、そこは少し躊躇うとかさぁ…」


 がくっと肩を落とすナギを見ながら魔法陣に乗る。そして軽く手を振る私に、ナギは目を細めて片手を上げた。


 リフレッシュルームに着いた私は周りを見回す。大戦の影響があったのか、朝食の時間であるはずなのに人はまばらだった。


「メイ?」
「え?あ、エイト」


 リフレッシュルームのカウンターに座って朝食を食べているエイトが目に入る。エイトは大盛りのご飯を片手に顔だけを私に向けていた。
 朝からよく食べるなと思いながらエイトの傍に行く。


「おはよう、エイト」
「ああ、おはよう。もう出歩いても大丈夫なのか?」
「お陰様でね。何とか日常生活はできるようになったから」


 まだ戦闘はできないけど、と溢すとエイトはふっと笑って「無理はするなよ」と口にした。素直に頷くとガチャン、と何かが割れる音が耳に入る。その音のしたほうに顔を向けると、マスターが目を丸くして私を凝視していた。


「メイ、ちゃん…?」
「お、おはようございます、マスター。元気そうで何よりです……えと、お皿大丈夫ですか?」
「え、あ、あぁ、大丈夫。それよりメイちゃんこそ、もう大丈夫なのかい?」
「えぇ、すっかり。マスターの作った料理のお陰です」


 「ありがとうございました」と言いながら頭を下げるとマスターは「そうか、そうか、よかった、本当によかった」と言う小さな声が聞こえた。そろりと頭を上げるとマスターと目が合う。マスターは優しく微笑みを浮かべていて、胸の奥が暖かくなった。


「あぁそうだ、メイちゃん、紅茶淹れようか?」
「あ、はい、お願いします」


 そう言うとマスターはにこりと笑って奥の厨房に引っ込んで行く。それを見送ったあと、私はエイトに視線を向けた。


「ここ、いいかな?」
「あぁ、メイが良ければ」
「ありがとう」


 お礼を言ってトンベリを下ろしてからエイトの隣に腰をかける。何だか懐かしいなと思いながらリフレをぐるりと見回したあと、不意にエイトに頼みたいことを思い出した。
 ちらりと隣を見ると、箸を巧みに使って魚を食べているエイトが目に入る。綺麗な食べ方だなと思わず見入っていたら、エイトが私の視線に気付いた。


「?どうした?オレの顔に何かついてるのか?」
「あ、いや、綺麗に食べるなぁって思って…」
「そうか?普通だと思うけどな」


 そう言いながら爽やかに笑うエイトが眩しく見えるのは、多分気のせいではないだろう。