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 リハビリの甲斐あって、普通に歩けるようになった私は1週間振りに部屋から出た。久しぶりにチョコボに会いに行こうと思い立ち、トンベリと共に魔法陣でチョコボ牧場に向かう。
 チョコボ牧場に着いてすぐ目に止まったのは、ナギの後ろ姿だった。ナギとは目が覚めた時以来、顔を合わせていない。ナギはニンジャチョコボの小屋の前にいて、珍しいこともあるもんだと思いながら声をかけようとした時、突如ヒヨチョコボの群れが飛び掛かってきた。


「わあぁ!?」
「ん?その声は……メイか?」


 ナギの声が耳に入るが、ヒヨチョコボに視界を遮られナギの姿が見えない。しかも尻餅をついたせいでお尻を打ってしまった。その痛みに堪えながら辺りを見回す。
 いつもならヒヨチョコボは二羽しかいないはずなのに、今は見る限り数十羽はいる。どうしてこうなってるんだと混乱していたら、頭上に影ができた。見上げるとナギの顔が至近距離にあって思わず「ぎゃあ!」と声をあげてしまった。


「おいおいぎゃあはねぇだろ…」
「ごご、ごめん、その、思いの外近くて…」


 あはは、と笑って誤魔化すけれど、ナギは眉間に皺を寄せてじとりとした目付きで私を見てくる。ふと以前ナギからここで意味深なことを言われたのを思い出してしまった私は、顔に熱が集まってくるのを感じて、ナギに突っ込まれる前に慌てて口を開いた。


「ていうか、なんでこんなにヒヨチョコボがいるの?」
「あぁこれ?俺も今来たばっかなんだけどさ、どうやら今朝方生まれたやつらしいぜ」
「あーそれでか…」


 わらわらと私の周りに群がる黄色い軍団に頬が緩む。こんな光景、滅多に見れるものじゃないなと思いながらヒヨチョコボの頭を指で撫でると、ヒヨチョコボが元気よく鳴いた。
 ふとトンベリを見るとトンベリもヒヨチョコボに囲まれているのが目に映る。戸惑っているのかオロオロしながら私を見つめていた。それを眺めていたナギがぷっと吹き出す。


「くく、トンベリでも戸惑うことあるんだな」
「ふふ、そうだね」
「ん、ほら」
「!」


 目の前に手が差し出される。思わずナギを見上げると、ナギはふっと笑みを浮かべた。その瞬間、脳裏にある光景が浮かび上がる。まだ私とナギが幼かった、あの頃の記憶だった。
 私はナギの手のひらを見ながら、その手に向かって腕をあげる。私より幾分か大きい手のひらを握ったあと、私は目を細めた。


「……なんか」
「ん?」
「あの頃思い出した」
「…奇遇だな、俺もだ」


 ナギはそう言いながら私を引っ張りあげてくれる。お互い同じ光景が脳裏を過るなんて、やっぱりナギとは縁があるんだなと思った。
 私はヒヨチョコボたちを踏まないようにニンジャチョコボの小屋に向かう。私の気配に気付いてたのか、小屋からはみ出さんと言わんばかりにニンジャチョコボの顔が出ていた。その光景がやけにシュールで、顔がにやけてしまう。ふと隣から視線を感じてそっちを見やるとナギと目が合った。


「だらしねぇ顔」
「うっ…み、見んな変態!」
「そんな顔してるやつが悪いんだろ」


 ナギは呆れたように笑って私の頭をガシガシと乱暴に撫でる。慌てて手を払いのけて頭を抑えたが、既に髪の毛はぐちゃぐちゃになっていた。ナギを睨み付けると、ナギは子どものように無邪気に笑って私の数歩先を歩いていく。


「全くもう……」


 私は溜め息を吐いて、手で髪の毛を整えながらニンジャチョコボの小屋に向かった。
 ニンジャチョコボの前に来るとチョコボは嘴を私の胸に押し付ける。首を撫でると、気持ち良さそうに目を瞑った。
 この間、セブンから私が負傷したとき、ニンジャチョコボがジャックと私を乗せて魔導院まで運んだのだと教えてくれた。この子が私以外の人間を乗せたことに驚いたが、私が思うに、ジャック"だからこそ"背中に乗せたのだろう。ニンジャチョコボにもお見通しなのかと思うと溜め息を吐きたくなった。


「この間はありがとうね」
「クエッ」
「…ナギも」
「ん?」
「私が寝てる間、この子のこと見に来ててくれたんでしょ?」
「あー……まぁ、な」


 私が気付かないとでも思ったのか、ナギは頭をかきながら苦笑する。それを見ながら私は目を細めて口を開いた。


「ありがと」
「……おう」


 短く返事をするナギは心なしか頬が赤みを帯びている。照れてるなと思ってたら、不意にナギが口を開いた。


「あのさ、俺この間…」
「あー!!メイちゃん!?メイちゃんじゃないか!ほら、ツバサ!オオバネ!メイちゃんだぞ、目が覚めっいてぇ!」
「ヒショウうるさい」
「チョコボがビビるから黙れ」
「…………」
「…………」


 魔法陣の方を振り向くと、ヒショウさんとツバサさん、そしてオオバネさんがヒヨチョコボを避けながら歩いていた。さすが飼育員だけあってヒヨチョコボのあしらい方が上手い。
 ヒショウさんは私に近付くなり両手を掴んでブンブンと勢いよく上下に振る。その彼から鼻を啜る音が耳に入って、自然と頬が緩むのだった。