267.5




 カルラに閉め出された二人は牽制し合うかのようにお互いを見る。そんな彼らの元にある気配が襲い掛かった。ぴりっとした空気にジャックとナギの顔が強張る。


「……おい」
「…なに?」
「今の」
「あー…うん」


 その気配が無くなると、ナギは大きく息を吐きながら腰を下ろした。ジャックはナギをちらりと見たあと、両手を頭の後ろに組んで壁に凭れる。暫く二人の間に沈黙が流れ、先にそれを破ったのはナギだった。


「その様子だと知ってたな、お前」
「ん?んー…まぁねぇ」
「いつからだ?」
「最初に気付いたの?」
「そう」


 ナギは手を組んでその手の上に顎を乗せる。ジャックが気付いていたことには正直驚いたが、今はそれを気にかけている余裕はない。
 いつだったかトンベリをメイの部屋まで送っていった日のことをナギは思い出す。あのとき、見知らぬ候補生がメイの部屋の前にいた。そのただならぬ気配が殺気にも似ていたのは確かだ。顔を見ることはできたけれど、生憎相手はマントをつけておらず身元はわからないまま。全ての候補生の顔写真を見たけれど、結局その候補生の顔写真はどこにも見当たらなかった。


「(…俺がそいつの顔を覚えてるっつーことはまだ生きてるってことだよな…)」
「ナギはいつから知ってたのー?」
「は?…いや俺が先に聞いてんだけど」
「え?今言ったじゃん、聞いてなかったの?」
「……悪い、考え事してて聞いてなかった」


 ナギがそう言うとジャックはあからさまに眉を寄せ、呆れ顔になる。そして「魔導院について三日目が最初」と呟いた。ナギはそれを聞いて、また考え込んだ。
 ジャックは黙り込むナギに少しだけ苛立ちながら、さっき投げ掛けた問いをもう一度口にする。


「で、ナギはいつから知ってたの?」
「俺はお前らが魔導院から帰ってきた初日に、トンベリをメイの部屋まで送っていったときだ」
「えっ、てことは僕より先に気付いてたってこと?」
「まぁ…そうなるな」
「な、なんで言ってくんなかったのさー!」
「いやなんでお前にわざわざ言わなきゃいけねぇんだよ…」


 同じ組だったらともかく、同じ組でも何でもないのだから言う義務はないだろう。ナギがそう言うとジャックは不服そうに唇を尖らせてナギから顔を逸らす。ナギはジャックを見上げたまま、呆れるように小さく息を吐いた。


「いくつか聞いていいか?」
「…なぁに?」
「ジャックはそいつとは面識ないんだよな?」
「うん。ただ気配を感じただけで会ったことはないよー」
「そうか…」
「僕もさ、気になってたんだよねぇ。時間がある限りメイの傍にいたんだけど、何回かその気配を感じたことがあって」
「……ふーん(時間がある限りってこいつの場合毎日か…この野郎)」


 ナギは心の内で悪態をつきながらもぐっと堪える。ジャックはそんなナギに気付いてるのかニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべていて、苛立ちを感じたナギは眉を顰めて舌打ちをした。
 ジャックの言葉を聞いたナギは顎に手を添えて思考を巡らせる。メイが眠っている間に何回かそういう気配を感じたということは明らかにメイを狙っているのだろう。
 でも何のために?何の意図があって、メイに近付いているのかわからない。色々な候補生がいる中でメイだけをターゲットにしているのか、はたまたただの偶然か。後者の可能性は限りなく低いだろう。
 顔を見たといっても、その候補生の身元が判明しないことには解決できない。もしかしたら白虎のスパイか蒼龍のスパイというのも考えられるのだ。
 ナギはそこまで考えて、おもむろに立ち上がる。ジャックに振り返ると、ジャックはきょとんとした顔をしていてナギは思わず溜め息が出た。


「人の顔見て溜め息とか失礼だなぁ…」
「お前危機感とかないわけ?」
「危機感?メイがそいつに狙われてるっていう?」
「あぁ。まぁ、一応警戒はしておいてくれ。俺も注意して見てるしそいつのこと調べるけど、悔しいことに他にもやることが山ほどあるからな」
「へぇー、大変だねぇ」
「…棒読みで言われてもな」


 顔を引きつらせるナギにジャックはにっこりと笑みを浮かべて口を開く。


「メイなら、僕が、守るから大丈夫だよー」
「強調すんなっつーの!まぁ、トンベリもいるし、あいつもしばらく動けないから注視するのも楽だしな。……あーやっぱ0組に異動させてくれって頼もうかな」


 ナギはジャックに聞こえないようにそう吐き出すと、ポケットに手を突っ込んでその場を後にした。
 ナギを見送ったジャックは小さく息を吐き出す。


「…皆にも知らせてこよっと」


 そう呟くとジャックは踵を返した。