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 私たちの間に微妙な空気が流れるけれど、不思議と嫌ではなかった。
 そこへ突然部屋の扉が乱暴に開かれる。私とジャックは扉の方に揃って顔を向けると、肩で息をしているナギの姿が目に入った。


「メイ!」


 私の名前を呼びながらナギが駆け寄ってくる。ナギはジャックに目も暮れず、それどころか思いきりジャックを押し退けた。本日二度目の「ぐえっ」という呻き声が耳に入る。ジャックを気の毒に思っていたら、急に両手を握られナギが顔を覗き込んできた。


「メイ…」
「な、ナギ…」
「大丈夫か?どこか痛いとことか」
「だ、大丈夫だから…まだうまく動けないけど、痛いとこはないし平気」


 私がそう言うと、ナギはホッと肩の力を抜く。カルラと同じようなことを言うナギに苦笑いしていたら、ナギの手が伸びてきた。そのまま額に触れる。


「よかった…本当に」
「ナギ…」


 呆れ顔でふっと笑うナギの姿に、夢の中にいたナギと重なって胸の奥から何かが込み上げてくる。鼻がツンと痛くなるのを感じながら、無理矢理頬をあげるとナギは目を細めた。
 どうやらあの夢のせいで涙腺が緩んでしまったらしい。皆の姿を見たら泣いてしまうかもしれない。我ながら情けないなと思っていたら、ベッドの端からジャックの顔がぬっと現れた。


「ねぇ、僕もいるんだけど」


 じとりとした目線を私とナギに向ける。顔が引きつるのを感じながらナギに目を向けると、ナギはジャックを見下ろして、ふっと鼻で笑った。


「あぁ、いたのか。気が付かなかったわ」
「思いきり押し退けたのはどこの誰だろうねぇ?」
「あれ?俺押し退けたっけ?気付けなくてわりぃなぁ」


 至近距離でお互い不自然に笑い合う二人に、私は苦笑するしかない。火花が散っているように見えてきて、どうにも声を掛けづらい。どうしたらいいか悩んでいると不意に陽気な声が耳に入ってきた。


「さっそく始まってるわねー」
「!、カルラ!」
「ご飯、持ってきたわよ」


 カルラはそう言って土鍋を乗せたお盆を机の上に置く。カルラの存在に気付いていないのか、二人は全くカルラのほうを向こうとしなかった。
 睨み合う二人をカルラは楽しそうな表情で眺めていて、私は溜め息を吐く。お互い引こうとしない二人にカルラが愉快そうに口を挟んだ。


「あんたたちほーんと飽きないわねぇ」
「か、カルラ…止めてほしいんだけど…」
「えー?もう少し眺めたかったけど、まぁ仕方ないか」


 そう言ってカルラはふぅと息を吐いて、おもむろに二人に近寄る。そして二人の間に立つと両手をあげて耳を摘まんだ。そのまま上に向かって引っ張ると、二人は一斉に声をあげる。


「いたたたたたっ!」
「いっ…!!」
「いい加減にしなさい。メイが困ってんでしょうが」


 耳を引っ張られた二人は同時にカルラのほうに目線を向ける。カルラが近くにいたことすら気が付いていない彼らに呆れるしかなかった。


「メイがやっと気が付いたんだから騒がないでくれる?あぁそうそう、あんたらちょっと出てってちょうだい」
「え、な、なんで?!いった、耳!耳とれるからぁー!」
「俺だって今来たばっかなのにっ!つかいてぇよ離せ!」
「四の五の言わずにほら、出てった出てった!」


 カルラは二人の耳を引っ張ったまま部屋の扉まで歩き、耳を離したあと背中を押して廊下に追い出した。何か言い出す前に扉を閉めたからか、部屋にしばしの静寂が訪れる。呆然としていると、カルラが振り返ってにっこりと笑みを浮かべた。


「さ、邪魔者はいなくなったしこれで気兼ねなくご飯を食べるなりシャワーを浴びるなりできるわね」
「あ…ありがとう、カルラ」
「助け合うのは当たり前でしょ。友達なんだから」


 そう言ってウィンクをするカルラに、私は頬が緩むのを感じた。
 仲間とか友達とか、以前の私はそんなの必要ないと思っていた。死ねば記憶がなくなるのだから、余計な記憶を残しておきたくなかったから。
 だけど、共に過ごしてきた人たちがこんな私の傍にいてくれる。仲間だと言ってくれた、友達だと言ってくれた。それがこんなにも心強いなんて思わなかった。
 意地ばっかり張らず、最初から素直になればよかったと、今更ながら後悔する。そんな私に、カルラが心配そうな顔で覗き込んできた。


「どうしたの?具合でも悪くなった?」
「……ううん。カルラがいてよかったなって」
「は、はあ?!」


 私がそう言うとカルラはポカンと口を開けて固まる。そんなびっくりしなくても、と見つめていたら、カルラはハッと我に返ると気まずそうに視線を逸らした。心なしか少しだけ頬が赤いような気がする。


「い、いきなり気持ち悪いこと言わないでよね」
「えっ…気持ち悪かった…?」
「えぇ。…ていうかあなた本当にメイ?頭おかしくなってないわよね?」
「……そこまで言うか」


 そんなに変なことだったのだろうか。ただ素直な気持ちを伝えただけなのに、気持ち悪いとまで言われてしまうなんて思わず、私はショックを隠しきれなかった。