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「そ、それよりも!」
何とか話題を逸らすため、少しだけ大きな声を出して話を切り出す。きょとんとするカルラの顔を見ながら、私は口を開いた。
「今、何月何日?」 「今?熱の月の22日だけど」
熱の月の22日ということは、私は1ヶ月弱眠っていたことになる。道理で上手く身体に力が入らないわけだ。眠る前の身体に戻るには相当リハビリがいるかもしれない。仕方ないことだったとはいえ面倒だなと思っていたら、カルラが私の顔を覗き込んできた。
「起き上がる?」 「え?」 「お腹、減ってない?」 「お、お腹…?」
苦笑しながら言うカルラに私は自分のお腹に手をあてる。今、そんなにお腹は減っていない気がする。それともお腹が減りすぎて感覚がわからなくなったのだろうか。まぁでもとりあえず何日も入っていなかった胃に何か入れておきたい。 そう思った私はカルラにご飯を持ってきてほしいと頼むと、カルラは胸にどんと手をあてて「任せといて!」と意気揚揚に出ていった。 ジャックとまた二人きり(トンベリがいるから完全に二人きりではないけれど)になると、ジャックはカルラが座っていた椅子に腰をかける。ちらりとジャックを見ると、ちょうど目が合ってしまった。少しだけ胸が高鳴る。
「身体、しんどい?」 「…しんどい、というか動かないからわかんない、かな」
ジャックにそう言うと私は自分の腕を動かして目の前に手のひらを持ってくる。そして手のひらをグーにしたりパーにしたり動かした。やっぱり筋力が落ちているからか手が思うように動かない。自然と気落ちしてしまう私に、ジャックが声をかけてきた。
「1ヶ月も寝たきりだったもんねぇ…」 「まぁ、ね。起き上がるのも難しいかも」 「僕が起こすの手伝おうか?」 「そうしてくれると……や、やっぱりいい」 「え!?なんで?!」
ジャックにやってもらおうと途中まで言いかけてやめる。さっきのやりとりが不意に頭に浮かんできて、それらをすべてなかったことにしたいくらい恥ずかしい思いをしたのだ。だから、ジャックにそんなことをされたら私の心臓が持たない。今更意識しまくる自分が情けなくて頭を抱えたくなった。 ジャックが何やらぶーぶー文句を言っているが、ここは大人しくカルラに頼もうと決意した。
「あ、そうだ!皆にも目が覚めたって報告してこなきゃ!」 「皆…あ、ジャック」 「ん?」 「…あの、皆にごめんねって伝えておいてくれない?」 「へ?なんで?」 「迷惑かけちゃったからさ」
そう言うとジャックは目を丸くさせる。私のせいで皆に余計な迷惑をかけてしまったのだ。もちろん動けるようになったあと、一人一人謝りに行くつもりだけれど、ジャックから先に皆に伝えておいてほしい。少しだけ皆と顔を合わせづらいから。 しかし、ジャックからなかなか返事が返ってこない。むしろジャックは何故か眉間に皺を寄せて険しい顔になっていた。なんでジャックがそんな顔をするのかわからず、眉を寄せて少しだけ首を傾げる。 不意にジャックの手が伸びてきて、制止の声を出す前に反射的に目を瞑ってしまった。
「……いたい」 「そりゃ痛いだろうねー。僕にほっぺたつねられてるんだもん」 「なにふるの」 「だってメイがまだそんなこと言ってるから」
そんなこと? ジャックの言葉にぽかんと口を開ける。私の発言のどこがジャックは気に入らなかったのか、さっぱりわからなかった。考え込む私にジャックは呆れた顔で溜め息を吐く。
「迷惑なんかじゃないよ」 「…へ」 「仲間なんだから、迷惑なわけないってこと!メイはさ、僕らのうち誰かが怪我したら迷惑だって思うわけ?」 「なっ、思うわけ――」 「ないでしょ?それと一緒だよ。だから、」
そんな悲しい顔しないで。
そう言いながらジャックは私の頬を撫でる。優しく微笑むジャックを見て、そういえばクイーンにも同じようなこと言われたのを思い出した。そしてつくづく自分は馬鹿だなと痛感する。 0組の皆がこんなにも私のことを思ってくれてるのに、私ときたらまた彼らと距離を置こうとしてしまった。もう彼らの思いから逃げるのはやめなくてはならないのに。 恐れることはないはずだ。恐れずに逃げるのをやめて彼らと、未来と向き合うのが私の――。 ふとジャックの顔が近付いてきているのに気付く。ジャックの青い瞳に吸い込まれそうになる直前、ハッと我に返った私は慌ててジャックの口に自分の手を押し付けた。
「こら、調子に乗るな」 「…だめ?」 「だめ」 「ちぇ……」
ジャックは名残惜しそうに私から離れていく。油断も隙もない、そう思いながらジャックをじろりと睨み付けると、彼は落ち込むどころか何故かニヤニヤと笑みを浮かべていた。それを不思議に思っていたら、私の考えてることがわかったのかジャックが嬉しそうに口を開く。
「だめってことは、嫌ではないってことでいいんだよね?」 「……っ!!」
その発言の意味を理解した瞬間、カッと顔に熱が集まる。してやられたと思ったのと同時にすぐにそれを否定しない自分に嫌気がさした。悔しいけれどジャックの言う通りかもしれない。 そう思うと途端に羞恥心に苛まれた私は、にこにこと笑顔を絶やさないジャックに向かって自分の枕を勢いよく投げ付けた。
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