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 あれからいつの間にか眠ってしまったらしい。窓に目線を向ければ朝日が部屋を照らしていて、あのまま眠ってしまったことに気付いた。左手の違和感に顔を左側に向ける。そこには、私の手を握りながらベッドに突っ伏して寝ているジャックの姿があった。その姿はいつぞやのナギと同じで、私は苦笑した。


「(それにしても…)」


 天井を仰いで小さく息を吐く。
 昨日目が覚めたあとまた眠ってしまったが、その眠っている間、あの夢を見ることはなかった。だからか久しぶりによく眠れた気がする。
 何せあんな惨い夢を見たあとだ。目が覚めたとき、もし誰もいなかったらと思うと背筋がゾッとした。


「んー…」
「!」


 朝日が眩しいのかジャックは眉間に皺を寄せて顔を布団に埋める。その仕草がかわいらしくて胸の奥が暖かくなった。やがて朝日から逃れられないことを悟ったのか、瞼がゆっくり上がっていく。それをじっと見つめていると、ジャックは勢いよく顔を上げた。


「メイ!……あ、」
「おはよう…ジャック」


 ジャックは大きく目を見開かせて私を見つめる。思いの外、ジャックとの距離が近くて、私は顔半分を布団の中に引っ込めた。
 暫く見つめ合ったあと、ジャックは大きく息を吐く。そして頭を左手で抱えてホッと安心したような表情になった。


「夢じゃなくてよかったぁ…」


 胸の中からわだかまりを吐き出すように呟いてジャックは弱々しく笑う。その笑みを見て、何とか応えようと左手に力を入れた。するとジャックは少しだけ目を見開いて、目を細めながら私の手を握り返す。


「えへへ…」
「…ふふ」


 お互い笑い合っていたら、不意に部屋の扉が開いた。


「なんで私がトンベリを送らなきゃなんないのよ……あら、ジャックじゃない。今日も居たのね」
「あ、カルラ!メイの目が覚めたよ!」
「え?ほ、本当に!?」


 ジャックがそう言うとカルラは大きく目を見開いて駆け寄ってくる。そしてジャックを思いきり突き飛ばすと両手で私の左手を握った。ぐえっと呻く声は今のカルラには届いていないらしい。


「メイ!」
「カルラ…」
「目が覚めたのね…!私のことはわかる?痛いところはない?」
「う、ん。大丈夫」
「そう…よかった…」


 ジャックと同じようにカルラは息を吐いて弱々しく笑う。ぐっと熱い何かが胸に込み上げるのを感じて、段々目の前にいるカルラの顔がぼやけてきた。そんな私に、カルラがクスッと小さく笑う。


「なに泣きそうな顔してんのよ」
「かっ、カルラこそ、目、あかい、けど」
「これはアレよ、最近徹夜してたから」


 そう言ってカルラは鼻を啜らせた。私もそれにつられるように鼻を啜る。すると突然、ベッドの上に何かが飛び乗ってきた。
 驚いて顔を向けるとそこにはトンベリが心配そうに私を見つめているのが目に入る。私は右腕に力を入れて、トンベリの頭に右手を乗せた。


「大丈夫だよ、ありがとね」
「………………」


 私の言葉にトンベリは小さく頷く。元気そうでよかったと安堵していたら、カルラの後ろからジャックがぬっと出てきた。


「カルラってば本当容赦ないよねぇ」
「あら、そういえばいきなりごめんなさいね」
「別にいいけどさー」
「…………」
「な、なに…?」


 カルラは黙ったまま私とジャックを交互に見る。少しだけニヤニヤしていることに嫌な予感がしながらそれを眺めていると、カルラは人差し指を顎に当てながら口を開いた。


「まさかとは思うけど、ジャック、あなたメイに何かした?」
「え?!」
「だって目が覚めるタイミングが良すぎない?それにいつもメイの側を離れなかったトンベリが部屋から出てて、室内は二人きりだったんでしょ?」
「べっ、別に何にもしてないよー!」
「そうかしら?ほら、よく言うじゃない。最愛の人からのキスで目が覚める、とかさ」
「そんな、ロマンチックなことあるわけないでしょ…ねぇ、ジャ……」
「そそ、そうだよ!あるわけないって!」
「…………」
「…………」


 ジャックは顔を赤くさせて明らかに動揺している。そんな彼の様子に私は顔が引きつるのを感じた。カルラはというと相変わらず卑しい笑みを浮かべている。
 段々顔に熱が集まるのを感じてきて、私は唇を噛んでジャックを睨み付けた。そんな私に気付いたのかジャックはあわあわと両手を横に振る。


「いや、本当に何にもしてないって!信じてよぉー!」
「あんたねぇ…あからさまに動揺してるし、そんな顔して誰が信じるのよ」
「で、でも本当に何にもしてないから!一応未遂だし!」
「未遂…?」
「ハッ!」


 しまったという表情をするジャックにカルラは吹き出し、私は穴があったら入りたいほど羞恥心でいっぱいになった。