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 何度も何度も繰り返される長い夢の終わりは突然訪れた。
 いつの間にか映像となっていたはずの画面はなくなり、私自身がその世界へ移動していた。意識はあれど体は"私"の意思では動かない。"過去の私"が"今の私"を操り動かしているようだった。
 そして、何度目かわからないフィニスが起きる。赤い空、崩壊していく魔導院、立ち塞がる巨大な化け物。手を伸ばしても魂が手をすり抜けて消えていく。何度も救おうと抗ったけれど無惨な結果として終わり、そして、世界はリセットされる。
 その最期が訪れた時、私は噴水広場から空を見上げていた。空に浮かぶ何かをじっと見据えていた。その何かから、光が溢れる。世界の終わりだと悟った私の右手に、温かい何かが触れた。


『メイ』
『!、ジャック…?』
『あ、いたいた!メイー!』
『え?ケイト?』


 顔を上げればジャックの優しい笑みが目に入る。声の聞こえた方へ顔を向けると、ケイトやシンクが私に向かって手を振っていて、ケイトたちだけじゃなく他のみんなも一緒にいた。穏やかな表情でこっちを見ているみんなに、呆然としている私をジャックが手を引く。


『行こう』
『……ん』


 私が頷くとジャックは満足気に笑って歩き出す。さっきまで魔導院の建物は崩れていたのに、いつの間にか綺麗に戻っていた。みんなに一歩一歩近付いていく。自然と足早になるのを感じながら、私はみんなに向かって声をあげた。


『おかえり、みんな!』


 その瞬間、いつも闇に包まれていた世界が、初めて光に包まれた。



*     *     *



 目を開けると見慣れた天井が目に映る。不意に左手が締め付けられる感覚に目線を動かすと、ジャックと目が合った。目の前にいるのが幻なのか本物なのかわからなくて、目を見開いて私を見る彼に向かって確かめるように名前を呼んだ。


「ジャッ…ク…?」
「…っメイー!」


 そう言うなりジャックが私の頭を抱えるように抱き着いてきた。視界がジャックの制服でいっぱいになる。彼の香りが鼻をくすぐり、彼の温もりと抱き着かれている苦しさに、あの長い夢からやっと覚めたのだと実感した。
 鼻の奥がツンと痛んで目頭が熱くなる。どうにか堪えようとするけれど、目の前がぼやけ始めて、思わずジャックの服を掴んで顔を押し付けた。


「えっ、メイ…?」
「…ごめ、ん」


 堪えようとすればするほど、その思いとは裏腹に涙は止めどなく溢れてくる。あの世界から戻ってこれた解放感と、ジャックや皆の今までの生き様が脳裏に焼き付いて離れない。言い知れぬ悲愴感と数多くの前世で生き抜いてきた彼らの軌跡を思うと、切なくて苦しくて、仕方なかった。
 不意に抱き締められる力が強くなる。そして私の頭にジャックの手が乗せられた。


「我慢しなくていいよ」
「!」


 そう言いながら頭を優しく撫で始めるジャックに、ついに抑えきれなくなり、彼の背中に両腕を回す。そうしてむせび泣く私をジャックは落ち着くまでずっと頭を撫でてくれた。



 一頻り泣いたあと落ち着きを取り戻した私はおそるおそる顔をジャックから離す。ジャックと顔を合わせるのが恥ずかしくて、布団に隠れようとするけれどふと首元に違和感を覚えて首にかけられているものを触った。
 そこには女王様から貰った首飾りとは全く違うネックレスがかけられていて、私は目線を下に向ける。そして目に映ったのは、一輪の向日葵だった。
 それは私がジャックにあげたものと凄く似ていて、思わず彼を見上げる。ジャックは照れ臭そうに笑っていた。


「ジャック、なんで、これ…」
「あの、ほら、メイも僕にプレゼントくれたし…僕もメイにプレゼントしたかったから」


 そう言いながらジャックは頬をかいて「えへへ」と照れ笑いを浮かべる。そんなジャックに言い様のない何かが込み上げてきて、私は手を伸ばしてジャックの腕を引っ張った。


「わっ?!」


 ジャックは体勢を崩し、私の上に倒れ込む。抱き締められていることに気付いたのか、「ど、どうしたの」と戸惑うジャックに、私は絞り出すような声で「ありがとう」と口にした。
 前世を振り返ってわかったことがある。今回、つまり誕生日に私がジャックに渡したブレスレットは前世では、彼の手に渡ることはなかった。そしてまた、彼からのプレゼントも前世では受け取ることができなかったのだ。プレゼントを渡す前に邪魔が入ったり、渡す前に死んでしまったり、と何回も繰り返された世界で一度もお互いの手に収まらなかったそれが、やっとお互いの手に渡り今こうして身につけることができた。
 前世に成せなかったことが、今回やっと成せることができて嬉しかった。
 啜り泣く私をジャックは何も喋ることなく、ただ頭を撫でてくれる。そしてふとジャックが私の名前を呼んだ。


「メイ」
「ん…?」
「おかえり」
「…った、ただいまぁ…!」


 その何気ない言葉にまた涙が溢れる。私はそれを返すだけで精一杯だった。