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 ジャックは自分の枕元にある小さな箱を見つめる。その箱をちらりと見ては息を吐き、またちらりと見ては息を吐き、と同じことを何度も繰り返していた。そして見つめる先にある箱にゆっくりと手を伸ばしそれを取る。両手に収まるほどの小さな箱を見て、ジャックは顔に熱が集まるのを感じた。
 先日、トレイとキングと共に街に行ったジャックはメイへ贈り物をあげるため、店を転転と回っていた。折角着いてきてもらったのだからと、トレイとキングに「これどうかなぁ」と賛同を求めても二人はうんともすんとも言わず、自分で決めろと無言の圧力をジャックにかけていた。ジャックが店を回るのを後ろから着いてくるその姿はさながら保護者のようだった。
 何軒か回って漸くジャックのお気に召したのものが見つかり、手に入れることができた。そこまではよかったけれど、この贈り物をいつ渡そうかとジャックは悩んでいた。


「目を覚ましてからのが良いのかなぁ…」


 ジャックはそう呟きながら箱を指で撫でる。トレイやキングもメイが目を覚ましたらで良いんじゃないかと言っていたけれど、ジャックの気持ちとしては今すぐにでも着けてもらいたかった。メイが目を覚ましたらというが、いつ目が覚めるのかわからない。そんな状態だからこそ、着けずに置いておくよりも本人に着けていてもらいたかった。
 ジャックはおもむろに立ち上がる。そしてぐっとその箱を握り締めると、勢いよく部屋を飛び出した。


 メイの部屋の前に着くと息を整える。外は既に暗くなっておりちょうど夕御飯時だからか廊下に人の気配はなかった。
 扉を叩く音が辺りに響く。少しするとキィと木の軋む音と共に扉が開いた。ジャックは視線を下に向ければトンベリが自分を見上げていた。


「あの、今いいかなぁ…?」
「………………」
「ちょっとメイに渡したい物があって」


 そう言いながらジャックはトンベリに見えるように箱を見せる。それを見たトンベリは少し顔を俯かせて考え込むような仕草をしたあと、暫くしてトンベリが顔を上げる。そして、入れと促すように扉を大きく開かせた。


「あ、ありがとう…」
「………………」
「え、ちょ、どこ行くの?」


 トンベリは扉を開けた後、ジャックと入れ替わるように部屋から出る。ジャックの問い掛けに答えることもなく、トンベリは廊下を歩いて行ってしまった。
 取り残されたジャックは首を傾げながらトンベリを見送る。姿が見えなくなると、ジャックはハッと我に返りおそるおそるメイの部屋へと足を踏み入れた。
 部屋の扉を静かに閉めて彼女が寝ているベッドに向かう。メイの顔を覗き込むと、ジャックは眉を寄せた。


「(なんか、今日はやけに穏やかな表情してる気がする…)」


 ジャックは最後にメイを見たときの表情を思い出す。最後に見たときはまだ苦しそうな顔をしていた気がして、ジャックは首を捻りながらも彼女の傍にある椅子に腰をかけた。メイの顔を見たあと、ジャックは自身の手の中にある箱に視線を移す。
 箱についている小さなリボンを丁寧に解いていく。まるで壊れ物を扱うような手つきで包装紙を取るとジャックはゆっくり箱を開けた。ジャックの瞳に映るのは、一輪の小さな向日葵がついたネックレスで、それを震える手で取る。空になった箱をテーブルの上に置くと、大きく息を吸って、そして吐いた。


「(トンベリがいない今のうちしかないよね…うん、よし。やるなら今しかない!)」


 ネックレスを持っていない方の手を握り気合いを入れる。椅子から立ち上がりメイの傍に近寄るとジャックはネックレスの引き輪を開いて、彼女の首もとにそっと近付かせた。
 メイがもともとつけていた首飾りを丁寧に取って、それをテーブルの上に置く。そして、自分が買ってきたネックレスのチェーンをメイの首に回して着けることができると、ジャックはホッと安堵の息を吐いた。一輪の向日葵を首もとに来るように移動させたあと、ふと目の前にメイの顔があることに気付く。


「メイ…」


 小さく名前を呼ぶけれど、返事が返ってくることはない。トンベリがいたせいでメイとこんな近くに居られたのは久し振りだった。
 ジャックはメイの手を取って握り締める。彼女の手の温もりを感じながら、不意にあの日のことが脳裏に浮かんだ。
 ジュデッカ会戦が始まる前、この部屋で彼女とキスをした日のことを。


「…………」


 ジャックはメイの唇に目線を移す。
 あの日、確かに自分はメイとキスをした。でもほんの少し触れただけであって、彼女とキスをしたと豪語できるようなものではない。
 ここでジャックは本能と理性の間で揺れ動く。目の前に無防備なメイがいて、用心棒であるトンベリもいない。今、彼女に何をしても構わないこの状況に、ジャックの理性が揺れていた。
 ジャックはメイを見つめる。メイは自分を拒まない。何故なら彼女とキスをしたことがあるからだ。ほんの少し触れただけだったけれど、その事実はジャックの中で確実に自信となっていた。
 ジャックは思わずごくりと生唾を飲み込む。ドクドクと大きく脈を打つ心臓の音を聞きながら、ジャックはメイとの距離をゆっくり縮めていく。そして、距離がゼロになろうとした刹那――。


「…ん」
「!?」


 そのくぐもった声に驚いてジャックは慌てて身を起こす。顔に熱が集まるのを感じながらメイを見ると、メイの目がうっすらと開き、その瞳はジャックを映した。
 ジャックはメイの手を握り締めたまま呆然としていると、彼女の口がゆっくりと開く。


「ジャッ…ク…?」
「…っメイー!」


 そう言って抱き着いてくる彼に、メイは小さく微笑みを浮かべた。


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