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 ジャックの話を聞いてカヅサは眉尻を下げて「そうだったんだね」と呟く。青龍人に襲われたこと、それから目が覚めないことにカヅサは納得したのか悲しげな表情をしていた。
 カヅサは話を聞いたあと、顎に手を当てて何か考え込んでいるのか暫く黙ったまま動かない。ジャックはそれを横目にソファの背もたれに体重を預け、どうやってカヅサから逃げようか考えていると不意にカヅサが声をかけてきた。


「ジャック君はさ」
「んー?」
「メイ君が何者でも気持ちが変わらない自信あるのかな?」
「へ……」


 思いがけないカヅサの言葉にジャックはポカンと口を開ける。意味がわからないと言う風に眉間に皺を寄せるジャックを見て、カヅサは眼鏡をかけ直しながら口を開いた。


「唐突にごめんね。でもずっと聞きたかったんだよね」
「…またなんで?」
「メイ君ってさ、皆から見て不思議な存在だと思わないかい?」
「それは…」
「一見普通の候補生のように見えて、実際はそうではない。それはジャック君がよく知っているはずだ」


 カヅサは真っ直ぐジャックを見据える。その真剣な様子にジャックはうっと言葉を詰まらせた。
 カヅサに言われなくても、自分以外の皆もとうに気付いている。でもそれを本人に追究しようとしないだけだ。本人の口から聞きたいというのも少なからずあるけれど、だからといって話したくないことを無理を強いてまで話させたくはない。自然と話してくれるのを待とう、とジャックを含む0組の皆はそう思っていた。
 ジャックは顔を伏せて、拳を握る。そして意を決したかのように顔を上げた。


「僕は…メイが何者だろうと、メイへの気持ちは変わらないよ」
「…………」
「それはきっと僕だけじゃない、皆だってそう思ってる」
「…そっかぁ。うんうん、そうだよねぇ」


 ジャックの言葉を聞いてカヅサは満足気に笑みを浮かべた。あまりの変化にジャックは面を食らう。カヅサはそんなジャックを見てくつくつと喉を鳴らしながら笑い、やがて大きく息を吐いた。


「ほんと、キミのメイ君への愛って凄いね」
「…ま、まぁねぇ」
「あ、あとひとつ、聞きたいことあるんだけど」
「げ…まだあるのー?」


 いい加減うんざりしてきたジャックを「まぁまぁそう言わずに」と宥める。嫌そうな表情をするジャックとは対照に、にこにこと楽しそうな表情をしているカヅサが口を開いた。


「ジャック君はメイ君のどこが好きなのかな?」
「えっ」


 その言葉にジャックは目を丸くさせる。今まで聞かれたことがないからか、ジャックは腕を組んで首を捻らせた。暫く沈黙が流れたあと、不意にジャックが顔を上げてカヅサを見据える。


「メイのどこが好きかなんて、わかんないや」
「……へぇ?」
「メイだから好きだし、メイじゃないとダメだし、んー…どこが好きとか決めらんないよー。でも、メイが好きな気持ちは誰にも負けない自信はある」


 そう言い切るジャックの表情はとても凛々しくて、カヅサは目を細めた。この言葉をできるなら本人に聞いてもらいたかったと、そう思っていたら不意にカヅサを呼ぶ声がサロンに響く。その声にカヅサが振り返ると、エミナがカヅサに向かってひらひらと手を振っていた。


「あぁ、もうこんな時間か」
「…はぁー」
「ふふ、貴重な時間を割いてまで付き合ってくれてありがとう」
「もう勘弁して欲しいよ…」
「まだまだ聞きたいことは沢山あるんだけどね?」
「えぇー…」
「もう、候補生をいじめちゃダメじゃない」


 いつの間にカヅサの背後に来たのか、エミナがカヅサの頭をパシンと叩く。「あいた」と言いながら頭を擦り、苦笑を浮かべてエミナに振り返った。
 エミナは呆れたように小さく息を吐くと、ジャックに視線を移す。


「カヅサがごめんネ。キミ、何もされなかった?」
「おいおい、よしてくれよ。ボクは何もするつもりなかったんだから」
「そう言ってよく誰かを研究室に連れ込んでるとこ、ワタシ見てるンだけど?」


 にこりと笑うエミナにカヅサは頭をかきながら曖昧に笑う。エミナと会うのは初めてではないけれど、あまり接点がないためジャックはどうしたらいいのかわからなかった。
 カヅサはソファから立ち上がり、腰に手を当てて後ろに体を反らす。そして一息ついたあと、ジャックに視線を移し口を開いた。


「じゃあ今日はこのくらいで勘弁してあげるよ」
「今日はと言わず、ずっと遠慮したいところだけどねぇ」


 ジャックがそう言うと、カヅサは一瞬ニヤリと笑う。それを見たジャックは背筋が寒くなり体を強張らせた。そんなジャックに満足したのかカヅサは片手を上げてジャックから離れていく。


「全くもう…キミ、大丈夫?」
「え、あぁ、うん、大丈夫…」
「カヅサはほんと素直じゃないんだから。じゃあワタシも行くわね」
「……あ、」
「ん?」


 エミナを見てふとある事を思い出したジャックは小さく声をあげた。エミナはジャックの声に反応して不思議に思いながら振り返る。そんなエミナを見てジャックはおそるおそる口を開いた。


「あの、ちょっと聞きたいんだけど」
「聞きたいこと?なぁに?」
「ある子から誕生日プレゼント貰ったんだよねぇ。で、僕も何かお返ししたくて…」
「…なるほど。ちなみに何を貰ったの?」
「ぶ…、アクセサリーかなぁ」


 ブレスレットと言いかけて、やめる。ジャックはなんだか気恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まってくるのを感じた。ジャックは左手で口元を押さえてエミナから視線を逸らす。それを見てエミナは小さく笑った。


「かわいいネ、キミ」
「…………」
「ふふ、言い返すのも恥ずかしくてできないのカナ?プレゼントしてくれた子が凄く好きなのね」


 ジャックはそれに答えない。いつものような軽口が思うように出てこなかった。エミナはにこにこしながら顎に手を当てる。


「そうね…アクセサリーをくれたならアクセサリーで返してもいいんじゃないカナ。ブレスレットやネックレスとか」
「ブレスレットやネックレスかぁ…参考になるよー。え、と、ありがとう!」
「ふふ、彼女、喜んでくれるといいね」


 エミナはそう言うと踵を返す。魔法陣から姿を消すと、ジャックはブレスレットを見ながら「アクセサリー、か」と呟いた。