260
メイが意識を失って二十日目。この間トレイから言われたことが僕の中で消化しきれずに残っていた。今のところ、メイからブレスレットをもらったことはトレイしか知らない。ブレスレットをもらったと言った次の日くらいから皆に聞かれるだろうと思ったけれど、ブレスレットの話なんか一切出ることはなくここまで来てしまった。きっとトレイなりに考えて言わないでいてくれたんだろう。少し寂しい気もしないでもない。 いやそれよりも、メイからプレゼントを貰ったまではいいけれど、メイにプレゼントを贈ることまでは考えていなかった。正直、貰うことばかり考えてて、プレゼントを贈るなんて一切考えていなかった。トレイに言われなかったら多分一生何も贈らずにいただろう。その辺を考えると、やっぱりトレイは大人だと思った。 授業が終わると僕は席を立つ。毎日欠かさずメイの部屋に行っていたからか、これが日課になりつつあった。そんな中、皆が出ていく前に教室の扉が開き、思いがけない人物が現れた。
「やぁ、ジャック君」 「…か、カヅサ…!?」
開口一番に僕の名前を呼ぶ変態研究者カヅサに狼狽える。にこやかな笑みを浮かべて僕を見る瞳に悪寒が走った。僕以外の皆も、思いがけない人物の訪問に驚いているのか目を丸くしてカヅサを見ていた。 顔が引きつるのを感じながら、おそるおそる口を開く。
「な、なんでここにいるの?」 「さぁ、なんでだと思う?」
質問を質問で返すのは狡いと思う。試すような表情で僕を見つめるカヅサに、なんて答えようか悩んでいるとナインが助け船を出してくれた。ナインは助け船を出したつもりではないんだろうけれど。
「なんっでオメーがここに来んだよアァン?!」 「やだなぁ、用がなくてこんなところに来るわけないじゃないか。野暮用だよ、野・暮・用」
カヅサはそう言ってナインにウィンクすると、ナインはサッと顔を青ざめて自分の腕で自身を抱き締める。そうしたくもなるよなぁと他人事のように思っていたら、カヅサの瞳が僕を映した。凄く嫌な予感がする。
「今日はジャック君に用があってね」 「ぼ、僕は用なんてないけどねぇ」 「キミがボクに用がなくても、ボクがキミに用があるんだよね。ちょーっと聞きたいことがあってさ。ここじゃなんだから研究所でも…」 「さ、サロン!サロンがいいなぁ!」
このまま何も言わなかったら確実に研究所に連れていかれると危機を感じた僕は人の多い場所を選択する。カヅサは一瞬顔を歪ませたけれどすぐに笑みを作り「じゃあ行こうか」と促した。 カヅサが教室から出ていき、ホッと安堵する僕にキングが近付いてくる。
「一人で平気か?」 「ん?うん、大丈夫だよー。話す場所もサロンだし、襲われる心配はないと思う」 「オイジャック、そうやって油断してると食われるぞ…!」 「あはー、用心するよぉ」
そう言って僕は教室を後にする。ナインのあの怯えぶりを見るに、カヅサを舐めていたせいでまんまと罠にハマり食われたのだろう。ご愁傷さまだと言いたいところだけれど、僕も何回か危うい目に遭っていたのを思い出して気を引き締めた。 それにしてもわざわざ教室に来て話があるって言ってくるなんて、あの変態研究者は何を考えているんだろう。 魔法陣でサロンに移動すると先にカヅサがソファに座っていて、僕に気付くと手のひらを軽くひらひらさせた。僕はカヅサの真正面のソファにおそるおそる腰をかける。
「突然すまないね」 「…僕に何を聞きに来たの?」 「早速本題かぁ」
キミらしいね、と言いながら微笑むカヅサに僕は顔をしかめる。男から、しかも変態研究者の微笑みなんて鳥肌ものだ。しかも相手が変態なら尚の事恐ろしいと感じてしまう。そんな僕の胸中を察してか、カヅサは苦笑して「今日は取って食いやしないよ」と口にした。今日はってどういうことだ。
「今日キミに聞きたいのは他でもない」 「?」 「メイ君のことだ」 「え…」
そう言いながらカヅサは手を組んで顎に乗せる。その真剣な表情に思わず息を呑んだ。
「メイ君の身に何かあったのかい?」 「…あ、れ?もしかして知らない?」 「……はぁ」
何故溜め息を吐いたのかわからず首を傾げる。てっきりカヅサは知っているとばかり思っていた。どうやらカヅサが0組の教室を尋ねてきたのはメイの行方を知るためらしい。
「それならそうと早く言えばいいのにー」 「いやぁ、研究で忙しくてね。COMMで連絡してみたんだけど出なくて」 「ふーん…」 「それで、メイ君の様子はどうなんだい?」
じっと僕を見つめてくるカヅサに気まずくなって目線を逸らす。簡潔に言った方がいいのか詳しく話した方がいいのか迷っていたら、カヅサの目が鋭くなった気がした。
「無理矢理吐かそうと思えばいつでもできるんだけどね…?」 「あぁーえっと、メイなら今は部屋で療養中だよー!」 「療養中?」
僕の言葉にカヅサは眉を寄せる。こうなったら洗いざらい話した方がいいと思った僕は、任務のときのこと、未だ目が覚める気配がないことをカヅサに打ち明けた。
|