無常紅吹雪




 それを初めて見たときは全身の血の気が引いた。まさか自分で自分を刺して相手を攻撃するなんて、思いもしないだろう。けれど私以外の人間はそれがさも当然のような反応をしていて、二重に驚いた。
 その威力は絶大だった。自身の血を使っているからだろうか。それにしても刀についた血を払い飛ばして攻撃だなんて無茶苦茶すぎる。自分を傷付けて攻撃をするやつがあるかと唖然とさせられた。

 敵の全滅を確認したあと私は尻餅をついている彼に真っ先に駆け寄り回復魔法を唱える。真っ赤に染まる服が生々しくて見ていられないほどだった。それでも彼は平気な顔して笑う。


「回復、ありがとうねぇ」
「……なんで」
「ん?」
「なんで笑っていられるの」


 自分で自分をこんなに痛め付けて。痛いはずなのに、辛そうな表情ひとつ見せず笑みを浮かべて。一歩間違えば死んでいたかもしれないのに、どうして彼はこんな状況でも笑っていられるのだろう。


「んー…辛い顔ってさ、見せたら相手も辛くなる気がしない?」
「え…」
「だから、辛い顔見せるより笑ってる顔のがいい気がして。だって、笑ってる顔見ればなんか安心できるでしょ?」


 そう言って彼は笑う。安心できるわけがない、と言いたかったけれど、笑う彼の姿を見て、どこまでいっても彼は笑うことを止めないのだろうと悟った。でも、そんな彼を見るたびに私は笑うことができなくなる。きっと彼は苦しみや辛さを無意識に隠しているのだろうから。
 私は彼に回復魔法をかけながらエースに声をかける。


「エース、先に行っててくれない?」
「え、ちょ、メイ、何言ってるのさ?」
「…わかった。僕たちは先に行くけど、あんまり長居するなよ」
「うん、ありがとう」
「えぇ?僕ならもう動けるし大丈夫だっ」
「ジャック」
「!」
「…お願い、じっとして」
「う、うん……わかった」


 気迫に圧倒されたからかジャックはそのまま黙りこんだ。皆の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私はジャックの回復に集中する。数分して完全に回復できたのを確認すると、私はジャックの服を握り締めた。頭の上からジャックがおそるおそる私を呼ぶ。


「メイ…?」
「…もう、あんな無茶なことしないで」
「へ?」
「だから!自分の体に刀を刺すの…やめてよ……」


 あんな危険な攻撃の仕方、見たくない。もちろんジャックにそんなことをしてほしくないのもある。ジャック自身はいいかもしれないけれど、見てるこっちはハラハラして仕方がないから。
 もし回復が間に合わなかったら、もし回復が間に合わず敵の攻撃を受けたら、それを考えるだけで背筋がゾッとする。目の前で好きな人が死ぬ姿なんて、見たくないのだ。


「お願いだから……」
「メイ……」


 懇願するように頭を下げる。今、ジャックはどんな表情をしているのだろう。困惑しているだろうか、それとも呆れ顔をしているだろうか。こんな時代でこんな状況で、ジャックの戦闘の仕方を口出しするのは余計なお世話かもしれない。鬱陶しい、そう思われても仕方ないだろう。それでも、私は言い出せずにはいられなかった。
 ふと頭の上に何かが乗る。ハッとして顔をあげると、ジャックが優しく微笑みを浮かべていた。


「ごめんね、心配かけて」
「…………」
「もうアレはしないから!ね?だから、そんな悲しそうな顔しないでよ」
「…ほんとうに?」
「うん。だって、メイが笑わなくなりそうだから」


 そう言って私の頭をゆっくり撫でる。頭を撫でる大きな掌が心地よくて、自然と目を細めた。


「よーし、メイのお陰で全快になったし皆の後追い掛けよっか!」
「あ、う、うん。そうだね」
「ほら」


 ジャックが立ち上がって私に手を差し出す。私はその手をおそるおそる握ると、勢いよく引っ張り上げられた。そのままジャックに抱き留められる。


「なっ…」
「…ありがと」
「え?」
「そんじゃ、出発ー!」
「う、うん?」


 元気よくそう言うと私の手を引いてジャックは走り出した。少し前を走る後ろ姿を見つめながら、繋がれている手に少しだけ力を入れる。そして握り締め返されるのを感じた私は、足に力を入れて前を見据えた。

(2014/09/09)