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 リフレにてナギは軽食を取っていた。食べ終わったらあれを少し調べるかと思いながら、最後のサンドイッチを口の中に放り込む。そこへ、大柄な男がナギの背後に立った。


「ナギ・ミナツチ」
「ん?」
「私に気付いていたのだろう?何故無視をしたのです」
「そりゃガン見されてんの知ってたけど、無視したくもなるだろ。俺、お前のことよく知らねぇもん」


 ごちそうさん、そう言いながらカウンターにお皿を置く。そしてリフレから出ていこうとするナギの目の前に、クオンが立ち塞がった。めんどくさそうなことになりそうだとナギは溜め息を吐く。


「ナギ・ミナツチ」
「はいはい。だから何だよ?」
「キミはメイが今どこにいるか知っているかね?」


 クオンの言葉にナギは頭をかきながらクオンをちらりと見遣る。
 メイのことを伝えたとしてクオンがどのような行動を取るのか、流石のナギでも理解不能だった。だからといって嘘をついたとしても、クオンは変に鋭いから嘘なんてすぐバレてしまうだろう。
 ナギは小さく息を吐いてクオンと向き合った。


「部屋で寝てるけど」
「メイの身に何かあったのだろう?」
「なんでわかるんだよ」
「ふ、私にわからないことなどない」


 したり顔で言い切るクオンを見てナギは顔を引きつらせる。何かあったのか知っていながらどうしてわざわざ自分を呼び止める必要があるのか、ナギにはさっぱりわからなかった。
 クオンは前髪を掻き上げ、ふんと鼻を鳴らす。そして腕を組みながらナギを見据えた。


「私をメイの部屋まで案内したまえ」
「えー…」
「何故そんなイヤな顔をするのです?見舞いに行くくらいいいでしょう?」
「一人で行けよ…」
「部屋がわからないから案内を頼んでいるのですが」


 クオンは呆れたように溜め息を吐く。溜め息を吐きたいのはこちらだ、とナギは思いながら小さく肩を落とした。
 女子寮の廊下をクオンと歩く。まさかクオンと歩くことになるとは思わず、ナギは顔をしかめていた。もちろん、クオンに気付かれないようにだ。
 メイの部屋に続く廊下を歩きながら、ふとナギが口を開いた。


「ていうか、お前メイの部屋知らなかったんだな」
「私はあなたと違って用もなく婦女の集まる場所へ行きませんからね」
「いや俺も用なく女子寮に来ないから」


 まるで変態扱いされているようで胸くそ悪い。用もなく女子寮に来る奴は一人で十分だ、とジャックのへらへらした顔がナギの脳裏に浮かんだ。
 クオンと共に女子寮の廊下を歩いていると、すれ違う女子候補生が目を丸くする。これでもクオンは容姿端麗で、女子から密かに人気があることは当人は知らないだろう。性格さえ何とかなれば言うことないのだけれど、癪に障るから何も言わない。メイがクオンの性格を知っていてよかったとナギは安堵の息を吐いた。
 メイの部屋について扉を開ける。すると目の前に先ほど脳裏に浮かんだ男がきょとんとしながらこちらを見ていた。


「あれ?ナギと、えーと?」
「キミは0組のジャックだったか」
「うん?なんで知ってるのー?まさか僕のファン?へへ、照れるなぁ、男にまで憧れられちゃうなんて」
「…奴が脳裏を過ったが、まさかキミも奴と同類なのかね?」
「(奴って誰だよ)…つーかなんでお前ここにいんの?」


 じとりとした目線をジャックに注ぐ。ジャックは苦笑して、ナギから目線を逸らし明後日の方向を向いた。そんなナギとジャックに、クオンが顎に手を当てて交互に目を移す。


「…ところで何故キミがメイの部屋にいるのです?」
「え?んー…少しでもメイの傍に居たいからかなぁ」
「婦女の寝ている傍に居たいなど、なんたる破廉恥な…候補生たる者が恥を知れ!」
「はれんち?なにそれ?」
「破廉恥という言葉も知らないとは…!やはりキミも奴と同類ということか」
「よくわかんないけど…ちょっと、変な奴連れてこないでよねー」
「……はぁ」


 めんどくさそうな目付きでナギを見るジャックに、ナギは頭を抱えて溜め息を吐く。ただでさえクオンの相手をするのも面倒なのに、ジャックの相手までさせられるなんて今日は厄日かと肩を落とした。
 クオンがまだジャックに何か言おうと口を開きかけたその時、カン、という金属音が部屋に響く。その音のした方へ三人が目を向けると、メイのベッドの上に立ちこちらを見据えているトンベリが三人を見つめていた。金属音はどうやらトンベリの持つ剣がランタンを叩いた音らしい。
 じっと見据えるトンベリに、三人は顔を引きつらせた。


「…コホン、メイの部屋もわかったことだし私はこれで失礼するよ。また改めて伺わせてもらいます」
「もう来てもらわなくても結構だよー」
「私はあなたに言っているのではありません。そこのモンスターに言っているのです」
「あーはいはい、わかったから行くぞ。ほら、ジャックも来い」
「えぇー、なんで僕も?」
「死にたいなら止めはしないけどな」
「…………」


 おそるおそる振り返るとトンベリが剣を構えていて、ジャックはサッと顔を青ざめる。そしてがっくりと肩を落としながら、ナギとクオンと共にメイの部屋を後にした。
 メイの部屋を出て、クオンはナギに礼を言ったあと颯爽と女子寮から出ていく。取り残されたナギとジャックの間は気まずい空気が流れていた。


「…さて、俺も行くかな」
「僕も今日は帰ろうっと」


 ナギはジャックと歩きたくないのかテレポを唱える。ジャックはそれを見ながら、ポツリと呟いた。


「女の子って何あげたら喜ぶのかなぁ」
「?何か言ったか?」
「…いや、何にもー。それよりあんなめんどくさそうな奴いきなり連れてこないでよねー。なんか凄い貶されたし」
「はぁ?無知すぎるお前が悪いんだろ。てか俺だって連れてきたくなかったっつうの」


 ただでさえ苦手なのに、そう言い捨てるとナギは姿を消す。あのナギにも苦手なものがあるんだな、と苦笑いしながらジャックも女子寮を後にした。