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メイが意識を失って早くも十日が経とうとしていた。目が覚める気配は一向にない。この日、ジャックは授業を終えたあといつものようにメイの部屋に足を運んでいた。 ジャックは授業以外のほとんどをメイの部屋で過ごしている。トンベリがいるからか迂闊にメイに近付けないけれど、同じ空間にいるだけでジャックはよかった。他の仲間も、ジャックの気持ちに汲んでか何も言わない。むしろ言ったところで変わるわけがないと全員諦めていた。 不意に扉の開く音と共にカルラの陽気な声が部屋に響く。
「はーい、じゃあメイの着替えやるから出てってねー」 「僕も手伝うよー?」 「100万ギル払ってくれたらいいわよ」 「…………」
そんな大金持っているわけがないとジャックは顔を引きつらせる。しかしふと、100万ギルさえあれば着替えを手伝うことができると考えたジャックは今から全財産をチェックしてこようと行動に移した。 部屋を飛び出して直ぐ様自分の部屋に向かう。廊下を走るジャックを見かけたトレイが、注意しようと声をかけたけれどジャックは見向きもせずトレイの前を走り去る。トレイは呆然としながらあんなに急いで何かあったのかと首を捻るけれど、すぐに我に返るとジャックの後を追った。
乱暴に扉を開けてクローゼットを開ける。奥にある貯金箱を手に取るとベッドの上にそれをぶちまけた。
「…………」
ベッドの上に広がるお金の量を見てジャックは項垂れた。わかってはいたけれど実際目の当たりすると現実に打ちひしがれる。散財したわけではないにしろ、あまりのお金の無さに落胆しないではいられなかった。
「お金を広げて一体何を企んでいるんです?」 「!、トレイ…ノックくらいしてよねぇ」 「しましたが返事がありませんでしたので」
しれっと言うトレイに苦笑しながらベッドに散らばったお金をかき集める。トレイはジャックの行動に目を鋭く光らせ、腕を組みながら口を開いた。
「その様子では計画は失敗に終わったようですが…それで何を企んでいたんですか?」 「んー?別に、カルラにお金を渡せばメイの着替えを手伝うことができるなぁとか思ったりしてないよー?」 「……清々しいほど隠そうという気が見えませんね。そういうところだけは感服致します」 「いやだなぁ、褒めても何も出ないってー」
照れ笑いを浮かべるジャックにトレイは呆れて溜め息を吐く。お金を貯金箱に戻していくジャックを見ながらトレイは壁にもたれ掛かった。
「お金を渡すって一体カルラはいくら請求してきたんですか?」 「えーと、100万ギルだよー」 「ひゃくま……そんなお金があるわけないでしょう。自分でもわかっていたはずですよね」 「まぁそうだけどさぁ。でも一応確認はするでしょ」 「…では、もし万が一100万ギルがあったら手伝いを申し出ていたんですか?」
じとりとした目線をジャックに注ぐ。ジャックはその目線に何も答えることなく曖昧に笑った。 ジャックは貯金箱を元に戻してベッドに力なく座る。ふとトレイに目を移すと、ジャックは口を開いた。
「トレイはいくら持っ…」 「そんなくだらないことに貸しませんからね」 「……だよねぇ」
ジャックの意図に気付いたトレイが一刀両断する。項垂れるジャックを見ていたらトレイはあるものに気付いた。
「ジャック…あなたブレスレットなんてしていましたっけ?」 「ん?あぁこれ?」
手元に視線を向けているトレイに、ジャックは左手首をあげてブレスレットを見せつける。トレイはまじまじと見ながら眉間に皺を寄せた。そんなトレイにジャックはにこにこと嬉しそうに笑う。
「これメイからもらったんだぁ」 「メイから?」 「うん!ほら、この間僕の誕生日だったからさぁ、メイからのプレゼントでもらったんだよー」 「あぁ…そういえばジュデッカ会戦の日でしたね。ジャックの誕生日」
その言葉にジャックは首を縦に振る。そして愛おしむような眼差しでブレスレットを見つめるジャックに、トレイは目を細めた。 誕生日プレゼントを贈ることなんて自分達はしたことがない。誕生日を覚えている人がいれば忘れている人もいて、誕生日を覚えている人が祝いの言葉を言えば皆それにつられて祝いの言葉を口にしていた。けれど、自分達の間で贈り物をすることはなかった。だからこそジャックは自分だけにくれたプレゼントが嬉しくて仕方ないのだろう。でなければ、あんな眼差しはしない。 トレイはジャックが少し羨ましいと思った。メイからのプレゼントが欲しいというわけではない。贈り物をされたら誰でも嬉しいのだ。その気持ちをトレイは少しだけ知りたいと思った。 相手がいなければ意味ないですが、とトレイは苦笑する。
「あなたのことですからどうせ自らプレゼントをくれとでも言ったのでしょう?」 「ゔ…」 「図星ですか」 「あははー、まぁいいじゃーん」
ジャックのへらへら笑う顔を見ながらトレイはフッと笑う。メイからもらったというブレスレットを見て、ふとトレイは顎に手を当てて口を開いた。
「メイからもらったのなら、ジャックはあげないのですか?」 「へ?」 「まさか貰いっぱなしで終わり、なんてことありませんよね?」 「えっ?!や、やだなぁ、貰いっぱなしで終わるわけないじゃん!」
あはは、と苦し紛れに笑うジャックにトレイは呆れるしかなかった。
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