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 授業が終わり一息つきたいセブンは誰よりも早く教室を出る。エントランスに出ようと扉を開けた瞬間、ゴン、と何かにぶつかる音がした。


「いっ…」
「む、つき?」
「わ、わざとだな!?ボクがいるってわかっててわざと扉を開けたんだろ!」
「…すまない、まさかいるとは思わなくて」


 そうセブンが言うもムツキはぶつけた箇所を押さえながらセブンを睨み付ける。その姿にセブンは苦笑いを浮かべたけれど、ふと何故彼女がこんなところにいるのか疑問を持った。


「それにしても一体どうしてここに?」
「……メイの」
「メイ?」
「メイのCOMMが反応しないから、仕方なくここに来ただけだ!別にお前らに用があるわけじゃないからな!」


 勘違いするなよ!と言いながらムツキは腕を組んでセブンから顔を逸らす。セブンはそんなムツキを見て目を細めた。
 メイのことを素直に言うあたり、彼女がメイにどれだけ信頼を寄せているのか実感する。同時に、ムツキに本当のことを言っていいものかと頭を捻った。
 ムツキにとって酷なことを言うのは気が引けるけれど、ここで嘘をついてしまえば彼女は傷付くだろう。その上、彼女は自分たちを信頼しなくなる。開きかけている彼女の心を自らの手で再び閉ざすことだけはしたくなかった。
 セブンは静かに息を吸い、ムツキに気付かれないように吐き出す。


「…ムツキ、落ち着いて聞いてくれ」
「落ち着けって、ボクがいつも落ち着いていないって言いたいのか?!」
「そうじゃない。メイについてだ」


 セブンがそう口にするとムツキの瞳が微かに揺らぐ。ムツキは珍しく騒がず、じっとセブンを見つめた。


「メイは今、部屋で眠ってる」
「…眠ってるってメイに限ってそんなことあるわけないだろ!嘘つくな!あ、ボクを騙す気だな!?騙して、陰で笑う気だな!?」
「嘘かどうかは部屋に行けばわかる。私もちょうどメイの部屋に行くところなんだが、ムツキも一緒に来るか?」
「むっ…」


 思いがけない誘いにムツキはたじろぐ。真剣な表情のセブンを見て、ムツキは下唇を噛んだ。
 ムツキはセブンが嘘をついているようには見えなかった。メイが部屋で眠っているというのは真実だろう。でも、ムツキにとってそれは真実でいて欲しくなかった。
 嘘をついて誤魔化してくれれば、きっと自分は目の前にいる相手を偽善者と見なし幻滅していただろう。しかし、真実を話してくれたその誠実さにムツキは苛立ちを覚えた。メイ以外の人間が真っ直ぐ自分を見てくれたことを認めたくなかった。
 制服をぎゅっと握り締め、顔を俯かせるムツキにセブンは微笑みを浮かべ頭に手を乗せる。


「ムツキ、メイの部屋まで案内してくれないか?」
「…ふん!ちょうど今からメイの様子を見にいくところだっただけだからな!言っておくけど案内するわけじゃないからな!」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「あっ!メイに変なことするなよ!後ろからボクを刺したりするなよ!?」


 キッと睨み付けてくるムツキにセブンは苦笑しながら首を縦に振った。それを見て満足したのかムツキは足早に魔法陣へと歩いていく。魔法陣で女子寮に移動して、メイの部屋まで歩いていると不意にセブンが口を開いた。


「ムツキはメイが好きなんだな」
「あったりまえだろ!」


 即答するムツキにセブンの脳裏にジャックが過る。一癖も二癖もある人間に好かれるメイはある意味凄い奴だなとセブンは薄ら笑いを浮かべた。
 メイの部屋の前まで着くと、ムツキが扉の取っ手に手をかける。しかしいつまでたっても扉を開けないムツキにセブンは首を傾げた。


「ムツキ?」
「…ボクの代わりに開けて」


 そう言いながらセブンの後ろに回る。何故か恐れるムツキにセブンは困惑しながら扉の取っ手に手をかけた。
 木の軋む音と共に扉が開かれる。セブンはおそるおそる部屋に足を踏み入れると、セブンの目の前にひょっこりとトンベリが現れた。


「トンベリ…あぁ、そうか今メイの部屋で過ごしてるって言ってたな」
「……………」


 トンベリはセブンを見上げたあと、セブンの後ろを覗くように顔を動かす。ムツキはトンベリを見付けると「あっ」と声をあげた。


「預かってるって聞いてたけど、お前ここに住んでたんだな」
「……………」
「…いつの間にトンベリと知り合ったんだ?」
「べっ別にいいだろそんなこと…」


 ムツキはそう言いながら顔を逸らす。トンベリがベッドの脇に行くのを見て、セブンとムツキもベッドに近寄った。ベッドの上にはメイが眠っていて、ムツキは小さくメイの名前を呼ぶ。


「メイ…」
「…メイなら大丈夫だって、ジャックから聞いたよ」
「ジャックってあいつか…!ならあんまり信用はできないな!」
「どうしてだ?」
「胡散臭いからだ!メイにも近付いてくるし!」


 力説するムツキがおかしくてセブンは小さく笑うけれど、ムツキがじろりと視線を寄越してきたから慌てて咳払いをして誤魔化した。ムツキの言うことはある意味的を得ているかもしれない。メイに近付いてくるというのはともかく、胡散臭いという点はセブンも少しだけ同意だった。
 そう言ったあと、ムツキはメイに向き合い顔を俯かせて「でも…」と呟く。


「あいつ、メイといるときだけは胡散臭くなくなるんだ。…変な奴だよな」
「そう、だな…」


 セブンはふとムツキを見据える。
 ムツキとジャックは何処と無く似ているような気がした。性格こそ正反対だが、メイに対する情はどちらも負けていない。本人たちに言っても否定するだろうけど、二人は本質的に似ていると思った。
 ムツキはメイの手を握り締める。その姿がジャックと重なって見えて、セブンはムツキから目を逸らした。