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 ジャックの話を聞いたエンラは居てもたってもいられず駆け出した。行く先はナギの元だ。
 エンラは走りながらナギのCOMMに連絡をはかる。するとすぐにCOMMは繋がった。


『こちらナギ――』
「俺だけど今お前どこにいんの?!」
『…でけー声出すなよ。俺なら今メイの部屋にいるけど』
「今から行くから待ってろ!」
『は?意味わかん』


 最後まで話を聞くことなくエンラはCOMMを切る。そして魔法陣で女子寮に移動するとメイの部屋に向かって走り出した。

 エンラからの通信にナギは眉をひそめる。最後まで話をさせてもらえず一方的に切られ、溜め息を吐いた。そんなナギにメイの見舞いに来ていたデュースが首を傾げる。


「誰かから連絡ですか?」
「あー、まぁな」


 苦笑を浮かべるナギにレムとデュースは顔を見合わせた。そんな二人を見て、ナギは顎に手を当てる。


「(それにしてもあいつ何を焦ってたんだ?エンラとは任務が被ってるわけでもねぇし…)」


 待ってろ、と言ったからにはエンラはここに向かっているのだろう。レムがここにいることに気付いたらどんな反応を示すだろうと含み笑いするナギに、レムが何かを思い出したかのように勢いよく振り返った。


「ナギはメイと幼馴染み、なんだよね?」
「あ、あぁ」
「ひとつ屋根の下で暮らしてたって本当?」
「まぁ、そうだな…」


 レムは楽しそうに笑いながらナギに問い掛ける。レムの口振りを聞くに、おそらくメイの生い立ちを本人から聞いたのだろう。年頃の女の子ならではの話題に、ナギは顔を引きつらせた。


「私もマキナと幼馴染みだったんだ。だから似てるなぁって…あ、でも私たちは候補生になるまで会うことなかったから似てるとは言い難いね」
「マキナと幼馴染みねぇ…」


 苦笑いを浮かべるレムを見てナギは眉を寄せる。
 ジュデッカ会戦のときから姿を見かけないマキナに上層部も手を焼いていた。連絡をはかろうにもCOMMは繋がらず、今も行方知らずのままだ。0組である彼らでさえマキナの居所はわからないらしい。
 幼馴染みであるマキナのことを心配しているのだろうレムに、ナギは頭をかきながら口を開いた。


「心配しなくてもマキナならそのうちひょっこり帰ってくるって。つーか顔色悪いけど大丈夫か?」
「えっ」


 ナギがそう言うとレムは頬に手を当てる。デュースがレムの顔を覗き込むと目を丸くして口を開いた。


「レムさん、大丈夫ですか?」
「う、うん、全然大丈夫だよー!」
「部屋で休んだほうがいいぞ。それか医療課に…」
「医療課だなんて大袈裟だよ。部屋で少し休めばすぐに良くなるから大丈夫!」
「…………」
「でもあまり無理はしないほうが…」


 デュースは心配そうな表情でレムを見つめる。レムは寝ているメイよりも生気のない顔色をしていて、医療課に行った方がいい段階だとナギは思った。しかし頑なに医療課に行こうとしないレムを見てナギは腰に手をあてて溜め息を吐いた。


「見舞いはここまで。レムもデュースも部屋に戻んな」
「そうですね…今日はそうします。行きましょう、レムさん」
「う、うん…あの、またお見舞いに来てもいい?」


 おそるおそる聞いてくるレムにナギはふっと笑って「体調が良くなったらな」と口にする。レムはその返答に対して曖昧に笑い、デュースと共にメイの部屋を後にした。
 二人が居なくなると部屋の中は静まり返る。結局レムたちと入れ違いとなってしまったエンラを不憫に思いながら椅子に腰をかけた。
 メイのほうを見ると、メイの隣に身を縮ませてすやすや寝ているトンベリの姿が目に映る。トンベリがいるお陰でメイに触れることはできないけれど、でもトンベリが傍にいてよかったとナギは心の底から思った。
 そこへ勢いよく部屋の扉が開く。振り返ると息遣いが荒いエンラがずかずかと部屋に入ってきた。仮にも女子の部屋だぞと苦笑するナギに、エンラは苦しい表情を浮かべながらナギの肩に手を置いた。


「だ、大丈夫、か!?」
「まぁメイなら大丈夫だろ」
「ナギが、だよっ」
「はあ?俺?」


 メイのことならまだしも何故自分が心配されなければならないのだとナギは顔をしかめた。エンラは息を整えるとメイに視線を向ける。


「ジャックから話聞いてさ…」
「あぁ…」


 なるほどそれで、と思いつつナギは首を捻った。


「で?なんで俺が大丈夫なのか言われなきゃいけないわけ?」
「メイが倒れたって聞いて、ナギが発狂してるかもしれないと思ったから」
「発狂て…意味わかんねーよ」


 ナギは軽蔑した目でエンラを見る。エンラは苦笑いを浮かべて頭をかいていたが、ナギの胸中は複雑だった。
 発狂とまではいかないがそれに近いところまでいった気がする。けれど、発狂しなかったのはきっとあの事があったからだとナギは思った。
 ナギはエンラに呆れながらメイに振り返る。いつ目が覚めるかわからない彼女に、ナギは溜め息を溢した。


「…ん?なんかここレムちゃんの匂いするんだけど」
「……お前は犬かよ」
「ま、まさか…!」
「あぁ、さっきまで居たぜ。もう部屋帰ったけどな」


 ナギがそう言うと、エンラは頭を抱えて膝から崩れ落ちる。その動作にナギは思わず噴き出した。


「一足遅かったか……」
「いちいち変な動作すんなよ。面白いからいいけど」
「俺はな、ナギと違って滅多に会話できねーんだぞ!」
「はいはい…そういやエンラはレムに告んないのか?」
「なっ」


 ナギのふとした言葉にエンラは固まる。そして気恥ずかしいのかナギから顔を逸らした。エンラの耳はほんのり赤みがかっている。


「告白なんて考えてねぇよ」
「は?マジで?」
「つーのは嘘だけど」
「…………」
「俺、今のレムちゃんに告白する勇気はないんだよなぁ」
「…ふーん」
「レムちゃんを困らせたくないし、何よりレムちゃん、今はあいつのことばっかりだろうから」


 エンラの言うあいつとはきっとマキナのことだろう。確かにレムはマキナのことを気にかけていた。そのマキナがジュデッカ会戦のときから姿を眩ましているのだから、幼馴染みとしては心配して当然かもしれない。
 ナギは先ほど部屋に帰っていったレムを思い出す。本人は大丈夫だと言っていたが、大丈夫と言うには程遠いくらい顔色が悪かった。このことをエンラに言うか悩むナギに、エンラが不意に「そういえば」と話題を変えた。


「お前こそ、メイに言わないのか?」
「何を?」
「好きだって」


 エンラの言葉にナギは目を見開く。エンラはナギの様子に首を傾げた。


「え、なに、まだ言ってなかったとか?」
「…いや、まぁ言ってないわけじゃないけど」
「あ、わかった、アレだろ。ナギお得意の言い逃げ」
「…………」


 エンラのどや顔にナギは舌打ちする。お得意の、というのは納得いかないけれど、エンラのいうことは当たっていた。
 ローシャナへ視察しに行く前、何気なく好きだと口にした。でもあれは、そういうところが、という余計なことを付け加えた上でだ。狼狽えるメイを見て、慌てて話題を逸らしたのを今でも覚えている。
 何も言わないナギにエンラが「ナギ?」とおそるおそる小さく名前を呼ぶ。


「…なんだよ」
「……まさかフラれた、とか?」
「はっ、言い逃げてんだからまだフラれたって決まったわけじゃねぇ」
「あぁ、そ、そうだよな!うん、そうだそうだ!」


 励まそうとしているのか馬鹿にしているのか、エンラは大袈裟に頷きながらそうだそうだ、と呟いていた。その仕草に苛立ちを覚えながらナギは溜め息を吐く。幸い、メイが目覚める気配はない。聞かれなくてよかったと安堵しながら、ちらちらと目線を寄越してくるエンラを真っ直ぐ見据えた。


「つーかここでそんなこと話すなよ。メイがいきなり目覚めたらどうすんだっつの」
「……やべ、素で忘れてた」
「はぁ…お前一回医療課行って診てもらったほうがいいんじゃねぇ?」


 そう言いながらナギは腰をあげて部屋の扉へと歩いていく。エンラも慌ててナギの背中を追い掛け、二人はメイの部屋から出た。先を歩くナギの背中をエンラが追い掛ける。


「なぁ」
「まだなんかあるのか?」
「俺さ…いや、やっぱり何もない」
「言いかけるとか狡いな。気になるだろ」
「や、また今度言うわ」


 呆れるナギにエンラは苦笑いを浮かべた。