255




 テラスに着いた僕は誰も座っていないベンチに座り、空を見上げる。
 エンラの話を聞いて何とも言えない気持ちになった。エンラがメイと知り合った切っ掛けがナギで、僕もメイと知り合った切っ掛けはナギだったから。
 でもあの日、あの時間にリフレに行かなかったらナギともメイとも会わなかっただろう。ナギはともかく、メイとはリフレに行かなかったらずっと会うこともなかったかもしれない。


「(…そういえばなんで僕あの時リフレに行こうとしてたんだっけ?)」


 不意にそう思った僕はあの時のことを思い出す。確か、解放作戦が終わったあと僕らは魔導院や町の修繕の手伝いをしていた。休憩時間になったときナインが魔導院を探検するって言い出してそれに僕も便乗した気がする。もう随分前のことだから記憶が曖昧だ。
 それでエントランスをウロウロしてたら、いきなり魔法陣が起動した。不思議に思ってそれに乗ったら勝手に移動して、着いた先がリフレッシュルームだった。
 なんで勝手に起動したのかわかんなかったけど、ちょうど喉も渇いてたし、と気にせず飲み物を頼んだような気がする。そこにナギがいてメイを紹介されたことを思い出した。


「(あ、ということはナギがいなくてもメイには会えてたんだ)」


 だから僕がメイと知り合う切っ掛けになったのはナギだというわけじゃない。そう思うだけでもいくらか心は軽くなった。
 考えが無理矢理過ぎるかも、と自分で自分をせせら笑いながらゴロンとベンチに横になる。空をボーッと眺めていたら、誰かの影が僕を覆った。眉を寄せながら影の正体を見遣る。そこには巨大な体をした強面の男が立っていた。


「うわぁっ!?」
「…お前は確かジャック、だったか?」


 僕は慌てて飛び起きると相手は驚いた様子で目を丸くした。この人は確かリィドという人だった気がする。シンクが「すごい大きな人と会ったよぉ〜」と話していたし、メイと話していたところに出会したこともあった。
 それにしてもどうしてこの人がここに?僕に何か用なのだろうか?
 話したこともない相手にどうすればいいのか悩む僕に、リィドが僕の隣に指を指して「ここいいか?」と問い掛ける。それを嫌と言えるはずもなく、僕は首を縦に振った。


「…………」
「…………」


 リィドが座って暫く沈黙が流れる。いくらこの僕でもさすがにこの人と話すのは難しかった。だって表情堅いし、大きいし、何を喋ればいいか全くわからない。だからといって会ってすぐさよならって言うのも気が引ける。
 内心混乱している僕を余所に、リィドが空を見上げながらポツリと呟いた。


「メイの様子はどうだ?」
「へ…?」


 その言葉に思わず聞き返してしまう。それをリィドは律儀にもう一度同じ言葉を繰り返した。慌てて僕はそれに答える。


「えぇと、安定してるよー」
「…そうか」


 僕の言葉を聞いてリィドはホッと安心したような、そんな表情をした。この人もメイを心配してくれてる。そう思うと、メイは色んな人から愛されてるんだなと思った。愛されてるっていうとなんか変な気もするけど、でもそれって決して悪いことじゃない。愛されていないより、愛されているほうがいいに決まってる。
 そうわかっているのに、やっぱり僕は少しだけ嫌だった。


「メイはお前がいて幸せだろうな」
「…え?」


 その言葉に驚いて僕はリィドを見上げる。自分より遥かに大きいリィドは目を細めて僕を見ていた。
 メイは僕がいて幸せ?本当に?そう問い掛けたくても何故か言葉が出てこない。そんな僕にリィドは眉尻を下げて口を開いた。


「突然すまないな」
「…ううん、全然ー。でもさぁ、なんでそう思ったの?」


 僕がそう問い掛けるとリィドは僕から目線を逸らし遠くを見つめる。


「メイを見ていればわかる」


 その曖昧な答えに僕は首を傾げた。そこからまた沈黙が流れる。不思議とさっきみたいな気まずさはない。
 ふと僕はちらりとリィドを盗み見る。エンラはメイとナギ経由で知り合ったと言っていたけれど、リィドとメイはどうやって知り合ったんだろう。


「…ねぇ」
「なんだ?」
「リィドはさぁ、メイとはどう知り合ったの?」


 ここでまたナギからだと言われたら凹むかもしれない。それでも僕は昔のメイのことも知りたいと思った。自分と出会う前のメイがどんな人だったのか知りたい。今のメイのことも昔のメイのことも全部知っておきたかった。過去のメイを知ることでまた一歩メイに近付けると思ったから。
 リィドは目を丸くして僕を見つめる。そのあと、腕を組んで顔を俯かせた。


「…メイとは二年前の合同演習で知り合ったな」
「へぇ…」


 リィドから出てきた言葉にホッと安堵する。同時に自分はどれだけナギを恐れているんだろうと苦笑した。


「気になるのか?」
「えっ」
「…気になるのなら本人に直接聞いたほうがいい。その方がお前も安心できるだろう」
「いや、まぁ、そう、なんだけどさぁ…」


 確かにメイ自身から聞いたほうが安心できるかもしれない。でもメイは今寝てて聞ける状態ではないし、というかなんでリィドは僕が気にしてるってわかったのだろう。そんなに顔に出てた?いや、多分顔はいつも通りだった気がする。
 首を捻る僕にリィドはふっと笑った。


「心寄せる相手のことを知りたいと思う気持ちはわかる。だが心配しなくていい、オレはメイのことをそういう対象として見ていない」
「そ、そう…」


 何もかも見抜かれているようで僕は返事をするので精一杯だった。