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 メイが意識を失って五日目。授業を終えたジャックは颯爽と教室を出ていく。目的地はもちろんメイの部屋だ。
 エントランスに出たジャックは魔法陣に向かって真っ直ぐ歩いていく。そこへ、誰かがジャックに話し掛けてきた。


「よっ、久し振り」
「…えーと、誰だっけー?」
「ひっでぇな、俺だよ俺!エンラ!」
「ああー…」


 そういえばそんな人いたねぇ。そう呟き悪びれる様子もないジャックにエンラは肩を落とし溜め息を吐いた。
 エンラとは少し会話したことがあるだけでこれといって深く関わったことはない。そんな彼が何故自分に声をかけてきたのか意図がわからず、ジャックは首を傾げる。
 エンラは立ち直ったのか顔をあげて口を開いた。


「メイいるか?」
「えっ…」
「この間リフレで見かけたけどお前らいたからさ。あぁ別に大した用じゃねぇよ。えーと、アレだ、最近調子はどうかなーみたいな」


 苦笑いするエンラにジャックは口元を無理矢理上げて「メイならいないよー」と答える。ジャックのその言葉にエンラは項垂れた。


「そっか…でもいないってどういうことだ?メイは0組に入ったんだよな?」
「あー、今は部屋で療養中なんだよー」
「へぇ…え?!メイになんかあったのか?!」


 エンラはジャックに詰め寄るも、ジャックはすかさずエンラから距離を取る。メイのことを気にかけてくれるのはジャック自身正直面白くない。だが、メイを心配してくれているのだから邪険にすることもできないし、と思い倦ねていたら急にエンラが声をあげた。


「あっ、れ、レムちゃん…!」
「へ」
「ここ、こんにちは!」
「あ、こんにちはー」


 ジャックの後ろから来たレムに気付くとエンラの身体が硬直する。そのまま挨拶を終えたレムはデュースと一緒に魔法陣でどこかへ消えていった。
 レムの姿がなくなったあと、エンラが深く溜め息を吐く。耳が赤くなっているエンラを見て、ジャックは口を開いた。


「エンラってレムのこと好きなの?」
「んなっ?!し、シーッ!声大きいって!」


 そんなに大きな声で言ったつもりはない。エンラが大袈裟に顔を真っ赤にさせたお陰でジャックはすべてを悟った。
 エンラの好きな人がレムだとわかったジャックは胸を撫で下ろす。そしてさっきまでモヤモヤしていたのが嘘のように晴れた。


「なぁんだ…それならそうと早く言ってよねぇー」
「は?」
「はぁーよかったぁ。あ、僕はキミとレムのこと応援してるから!」
「え、マジで?よくわかんねえけどサンキュー!」


 エンラが嬉しそうに笑うのを見ながら不意にメイが脳裏を過る。
 そういえば、エンラとメイはどんな経緯があって知り合ったのだろう。不思議に思ったジャックは当人に聞いてみることにした。


「ねぇ、エンラってメイとどう知り合ったの?」
「ん?メイ?あー、ナギ経由だな、メイと知り合ったの」
「ナギ経由ねー…」


 ナギ経由と知るや否やジャックは顔を歪ませる。そんなジャックをよそに、エンラはペラペラと語り始めた。


「あいつなー、最初ナギから紹介されたときすっげー嫌な顔したんだぜ」
「へー」


 エンラの話を聞きながら、そういえば自分もナギからメイのこと紹介されたことを思い出す。ナギがメイに話を振ったとき、一瞬嫌そうな顔したあと愛想笑いしながら挨拶されたっけ、とあのときのことを思い出してジャックは小さく笑った。


「最初は可愛げないな、て思ったけど、よくナギがメイ連れて話し掛けてくるからさ、必然的にメイとも話したりしてな」
「ふーん」
「まぁ、最初は可愛げないなーとは思ってたけど話すうちに意外と良い奴だってわかったんだよなー。ナギがきっかけだけどメイと知り合えてよかったと思ってるぜ。あ、これメイには内緒だからな!」


 エンラは照れ臭そうに笑う。それを見て、ジャックは頬をあげて無理矢理笑みを作るのが精一杯だった。
 そのあと、エンラにメイの容態を伝えると驚いた表情をして慌ててどこかへ走って行ってしまった。呆然としたままエンラを見送ったジャックは小さく息を吐いて魔法陣へと歩いていく。魔法陣から女子寮に移動してメイの部屋に向かいながら、ふとエンラとのやり取りが頭に浮かんだ。
 メイと自分が出会ったのは、エンラと同じナギ経由だった。もしあの時、リフレに行かなかったらナギとメイに出会うことはなかった。ナギは何かと0組のサポートをしていたから、リフレでナギに会わなくてもその内知り合っていただろう。じゃあ、メイの場合はどうなっていたのか。
 メイの部屋に続く扉の取っ手に手をかける。部屋の中からレムとデュース、そしてナギの声がした。きっとレムとデュースはメイの見舞いだろう。でもなんでそこにナギまでいるんだとジャックは眉を寄せる。
 無性に苛苛してきたジャックは取っ手から手を離すと、踵を返しテラスへと向かった。