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「ナギ」
「ん?あ、お前…」


 たまたまエントランスを歩いていたところに、誰かがナギに声をかける。聞き覚えのある声に振り返るとトキトが「やぁ」とナギに挨拶した。


「よう。もう出歩いて平気なのか?」
「だいぶ調子が戻ってきたからね。それに人手も足りないようだし」


 そう言いながらはにかむトキトにナギは呆れて溜め息を吐く。ナギの胸中に気付いたのかトキトは苦笑いを浮かべた。


「もちろん無理はしないよ」
「どうだか。上層部から命令を受けたら行くんだろ?」
「そりゃあね。でも、もう途中で諦めたりしない。せっかく助けてもらった命なんだ、精一杯生きて、尽きるまで頑張るよ」
「…そっか。まぁとりあえず、告白の結果だけは教えてくれよな」


 ナギがそう言うとトキトは頬を赤く染めて照れ笑いを浮かべながら頷く。ナギはそんなトキトを見てホッと胸を撫で下ろした。
 ローシャナ撤退戦の最中、逃げ遅れたトキトや他の候補生と朱雀兵は何故かエイボンの町近くで発見された。幸いにも命だけは助かり、しばらくはエイボンの町で静養し、ついこの間魔導院に帰還した。重症を負っている候補生は未だ療養中らしいが、トキトは軽傷ということもあり一足先に復帰したらしい。
 ナギがそれを耳にしたとき、咄嗟に思い浮かんだのはメイの顔だった。実際、負傷している彼らがローシャナからエイボンへ移動など不可能で、しかもその四人は発見されるまで眠っていたと聞いた。眠っていたというより眠らされたといえるだろう。
 ナギはメイが持っている特殊魔法を知っている。そしてローシャナからエイボンへの移動の手段。それらを考えれば自ずと答えは見えていた。
 あいつも無茶しやがって。そう思いながらナギはトキトに声をかける。


「それで、俺になんか用だったんだろ?」
「あぁ、うん。えーと、メイちゃんに会いたいんだけど」


 やっぱりか。予想が見事に当たったナギはふっと笑う。そんなナギを見てトキトは首を傾げた。


「あいつなら部屋にいるぜ」
「部屋に?」
「あぁ。っていっても今は話すこともできないけどな」


 ナギの物言いにトキトは眉間にしわを寄せる。「何かあったのか?」と神妙な面持ちでトキトはナギに問いかけた。


「…メイは今意識不明でいつ目が覚めるかわかんねぇって」
「え……」
「まぁ俺らが覚えてるうちは生きてるってことなんだし、時間があったら見舞いにでも行ってやってな」


 そう言いながらナギは苦笑いを浮かべる。トキトはそんなナギを見て気まずそうに顔を俯かせた。



 あの後トキトと別れたナギはチョコボ牧場に足を運んでいた。ヒショウがナギに気付くと片手をあげる。


「よっ。珍しいな、お前一人でここに来るなんて」
「まぁ、たまにはな」


 短く答えたあとナギはある小屋に真っ直ぐ向かう。その小屋の中を覗き込むと、ニンジャチョコボが座りながらナギをじっと見据えていた。ナギが来るのを予想していたかのようなチョコボに、ナギは目を細めた。


「ニンジャチョコボに用か?」
「いや、そういうわけじゃねぇんだけどさ。少し気になって」
「そっか。あぁ俺はもう知ってるからな」
「は?」
「メイちゃんのことだよ」


 ナギは目を開いてヒショウに振り返る。ヒショウは苦笑して、やがて溜め息を吐いた。


「目が覚めるといいな」
「…あぁ」
「じゃなきゃこいつも寂しがるしなぁ。あ、ナギもか」
「俺が寂しがってるように見えるか?」
「そりゃあな。お前ひっどい顔してるし」


 茶化すように言うヒショウにナギは眉を顰める。そんなに酷い顔をしているのか、それともヒショウにからかわれているのかわからず、ナギは溜め息を吐いた。
 ズボンのポケットに手を突っ込み、踵を返す。


「え?もう帰るの?早くね?!」
「ヒショウには付き合ってらんねー」
「ちょ、な、ナギ!待ってくれ!」
「んだよ?」
「俺の…」
「俺の?」
「話し相手になってく」
「じゃあな」
「最後まで言わせろよ!」


 嘆くヒショウの声を聞きながら、ナギは魔法陣でチョコボ牧場を後にした。