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 ローシャナ撤退戦から三日が経とうとしているのに一向に目を覚ます気配がないメイに、ジャックは溜め息を吐いた。
 モーグリによると、任務は暫くの間ないらしいとのこと。あの大戦後、白虎も蒼龍も大半の戦力を失ったせいか様々な対応に追われているらしい。しばらくゆっくり休めると思うと気は楽だったが、ジャックの胸中は穏やかではなかった。
 あれからジャックは自分の仲間にメイの容態を報告した。今すぐにお見舞いに行きたいと言うシンクを宥めながら、お見舞いはまた日を改めてということになった。それなのにその翌日から、ジャックだけはメイの部屋に入り浸っている。


「早く起きないかなぁ…」


 椅子に腰をかけてメイを見ながら呟く。メイの枕の側にはトンベリが座っていて、迂闊に近付こうものならその手に持つ刃物で殺されかねない。まるで用心棒のようだとジャックは苦笑した。


「せっかくメイと二人きりなのにトンベリがいちゃあ、なぁんにもできないし」
「……………」
「え、ちょ、刃物!刃物向けないで!危ないから!もー冗談だよ、じょーだん!」


 慌てて否定するもトンベリは刃物こそ下ろしたが視線はジャックを捕らえたままだった。どうやら冗談ではないことを見抜いたらしい。手強いなと思いながら、ジャックはまた溜め息を吐いた。そんな中不意に扉の開く音が耳に入る。


「しっつれーい…あら、今日も早いわねー」
「やっほー」


 メイの部屋に入ってきたのはカルラで、その手には花束と花瓶が握られていた。
 ジャックはその花束に好奇の目を向けると、カルラはそれに気付いたようで花瓶を机の上に置きながら口を開く。


「これね、アキからメイにってくれたのよ」
「アキから?」
「そ。で、メイの部屋に花瓶なんてものないだろうなぁって思って私はコレをね」


 そう言いながらカルラは花瓶に目線を向ける。ジャックは「ふぅん」と呟くと、花束に視線を移した。色とりどりの花束の中にふと、ある一輪の花がジャックの目に留まる。その花はジャックの左手首に装着されているブレスレットの花とよく似ていた。
 ジャックはブレスレットと花を交互に見つめる。見れば見るほどよく似ていて、やがて同じ花だということに気が付いた。
 ジャックの左手首に着けられているブレスレットに気付いたカルラが茶化すように小さく笑う。


「へぇー、ジャックってばいっちょ前にブレスレットなんか着けてるのね」
「ん?へへー、これメイからもらったんだよー!」
「えっ!メイから?マジ?」
「マジマジ、大マジ!いいでしょー」


 ブレスレットを見せつけるジャックに、カルラもまじまじとそれを見つめる。「向日葵?」とカルラが聞けばジャックは「うん!」と大きく頷いた。
 大事そうにブレスレットを見るジャックを横目に、カルラは花瓶に花束を移す。そして花瓶に刺さっている向日葵を見ながらカルラは口を開いた。


「向日葵の花言葉って知ってる?」
「花言葉?」
「その様子じゃ知らないわね。教えて欲しい?」


 ニヤリと笑うカルラに、ジャックは目を輝かせて何度も頷く。それを見てカルラは右手をスッとジャックに差し出した。ジャックはきょとんとしながらそれを見つめる。


「前払いね」
「えー…お金とるの?」
「もちろん!別に知りたくないならいいんですけどねー?」
「むぅ…こ、この守銭奴!」
「私にとっては最高の褒め言葉よ。で、知りたいの?知りたくないの?」
「うーん…」


 悩むジャックを見てカルラはほくそ笑む。悩むということはあと一押しでいけるということをよく知っているカルラは「悪い意味じゃないわ、むしろその逆よ」と畳み掛けるように言った。そう言われてしまったら、ジャックはどんな意味だろうと好奇心が湧く。
 ジャックは少しの間メイとブレスレットを交互に見たあと、諦めるように溜め息を吐いた。


「……いくら?」
「そうね、10000ギル取りたいとこだけど仕方ないから2500ギルにまけてあげるわ」
「それでも高いって…」
「あら、これでも破格の値段よ?」


 楽しそうに言うカルラを尻目にジャックは渋々お金を取り出す。カルラはそれを受け取り懐に入れるとコホン、とひとつ咳払いをした。


「向日葵の花言葉、それはね――」



*     *     *



 カルラが出ていったあと、ジャックはメイを見つめる。今すぐに抱き締めたい衝動を抑えながらジャックは花瓶に刺さっている向日葵に視線を向けた。
 メイは向日葵の花言葉を知っていたのだろうか。でも花言葉を知っていたらきっとこのブレスレットを選んでいないだろう。いやいやもしかしたら実は知っていて――。
 頬を緩ませながらそんなことを思っていたら扉の叩く音が耳に入る。ジャックが「はぁい」と返事をすると扉が開いた。


「やっぱりここにいたか」
「うげ、キング…」
「うげ、とはなんだ。全く、目を離せばすぐここに来てるなお前は」
「だぁってやることないし暇なんだもーん」
「授業の課題があるだろうが。ほら行くぞ」


 襟首を掴み上げるキングに、ジャックは首を竦めて大人しく従った。