探して、見つけた
恐い夢を見た。真っ赤に染まった空と、血に染まった人の塊。人よりも何倍も大きい、人ではないナニかが、人を次々と殺していく。回復魔法も効かない。何体も何体も倒せど、そのナニかは数が衰えるどころか増える一方だった。人が殺される姿を、何もできずにただ眺めていた。 ふと私は自分の傍らで倒れている候補生の手を握る。その手は酷く冷たい。現実的すぎる感覚におかしくなりそうで叫ぼうとした瞬間、強制的に瞼が上がってしまった。
「……ゆめ」
目が覚めたとき、初めてさっきのは夢だと悟る。額がベトベトしていて、あぁ汗をかいたんだな、と思いながらゆっくり体を起こした。窓から見える空の色はまだ暗闇に染まっていて、赤くなくて安心すると共にベッドから降りる。なんとなく二度寝をしたくなくて、私は部屋を後にした。 夜の徘徊は禁止されている。それは百も承知だ。けれど、あのまま部屋にいるのも嫌だし二度寝もしたくなかったから、部屋を出る以外に選択肢はなかった。 当てもなく歩く。9組にいるせいか、足音を立てない習慣がすっかり身についてしまい、廊下は静かだった。時折チョコボの鳴き声が聞こえてくる。気分転換に外の空気を吸おうと私はテラスに向かった。
テラスに着くと夜風が頬を撫でる。外の空気に安堵していると「あれ?」と誰かの声が耳に入った。顔を上げるとベンチに腰をかける誰かが振り返って私を見ていた。まさか今の時間に人がいるとは思わなかった私は肩がビクリと跳ねる。
「こんな時間に人が来るなんて初めてだー」 「…こ、んばんは」
屈託ない笑顔の彼に思わず挨拶してしまう。彼はきょとん、とした顔をしたあとにこりと笑って「こんばんはー」と間延びした挨拶が返ってきた。 挨拶をしてすぐ引き返すわけにはいかず、どうしようかと立ち尽くしているとふと彼と目が合う。彼は「こっちに来なよー」と言いながら私に手招きをした。断っても良かったけれど、この日に限っては断るという考えはなかった。 おそるおそる彼に近付いていく。彼は自分の座っている隣に手でポンポンとベンチを叩いた。ここに座れ、ということだろう。少し恥ずかしい気もするが、だからって離れて座るなんて失礼な気がして私は彼の隣に腰を下ろした。空を見上げると暗闇の中に大きな満月が浮かんでいて、綺麗だなと思った。
「綺麗だよねぇ」 「え…く、口に出てた?」 「ん?」 「あ、いや、何でもない」
首を傾げる彼に、慌てて手を横に振る。なんだ、口に出てなかったのか、とホッとする反面、彼と同じことを思っていたことに気恥ずかしくなった。
「寝れないの?」
そう言う彼の言葉に私はちらりと彼を見る。彼は真っ直ぐ私を見ていて、思わずドキリと胸が高鳴った。
「恐い夢でも見た?」 「え……」
私が答える前に当てられてしまい言葉を無くす。彼は私の反応を見てくすくす笑いながら「僕もなんだぁ」と口を開いた。
「なんかねぇ、空が真っ赤なの。それでねでっかいモンスター?みたいなのいっぱい来てね、人を殺していくんだ」 「…………」 「僕も戦うんだけど、いくら倒しても増えていくばっかで。もうダメだーって思った瞬間起きたんだ」 「…そ、か」 「もう生きててよかったぁって思ったよー」
そう言いながら彼は苦笑する。私はというと、彼と同じような夢を見たことに羞恥心を覚えたけれど、同時に恐怖も感じた。夢で握った冷たい手を思い出して、自分で自分の手を強く握りしめていた。 それに気付いたのか、彼は私の顔を覗き込みながら「大丈夫?」と呟く。誰かに聞いてほしい。そう思うと居てもたってもいられず私は口を開いた。
「私も、夢を見たの」 「…うん」 「あなたと同じような夢。周りは赤く染まってて気が付いたら皆倒れてて。ナニかに殺されてるのを眺めることしかできなくて」 「うん」 「ふと傍に倒れてる人の手を握ったの。その人の手が、すごく冷たくて」 「うん」
現実的すぎる感覚が拭えなかった。握った感触は今でも手に残っている。夢なのに、そう思っても手に残る感触は取れなかった。 不意に大きな手が私の両手を包む。はっとして顔を上げると、彼が優しく微笑みを浮かべていた。
「僕の手、温かいでしょ?」 「え…」 「キミの見た夢は夢でしかないからそんな不安な顔しないで。ほら、目の前にいる僕は生きてるし」 「…見ればわかる、けど」 「手だって冷たくないでしょー?」 「…………」
私の両手を握り締める彼の手は、確かに温かかった。それが妙に心地よくてくすぐったい。 彼の言う通り夢は夢でしかない、何をそんなに怯えていたんだろう。彼の手の温かさを感じながら胸の支えが晴れていく。私の冷えた手は、彼の手のお陰ですっかり温かくなっていた。
「あの、ありがとう」 「うん?いやいやぁ、どういたしましてー」 「あ、あと、その、手を離して…」 「えー、このままでもいいじゃん。メイの手、冷えてて気持ちいい」 「そういう問題じゃ……え?てか名前…」
私の名前が彼の口から出てきたことに驚いて目を見張る。彼は照れ臭そうに笑いながら、握る手に力を込めた。
「メイがここに来たのにはびっくりしちゃった」 「そ、そう…」 「…ずっと探してたんだよ、メイ」
そう言いながら不意に手を引かれる。気が付けば私は彼に抱き締められていた。彼の匂いが鼻をくすぐる。不思議と嫌悪感はない。むしろ妙な懐かしさを覚えていた。 込み上げてくる愛しさに瞼が熱くなる。彼という人間を随分前から知っていたような気がして、気付けば抱き締め返していた。
「…ねぇ」 「ん…?」 「名前は…?」 「…ジャックだよ」 「ジャック、…ジャック」 「うん?」 「見つけてくれて、ありがとう」 「…うん」
(2014/06/07)
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