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 メイの顔色を見て安心した俺は仕事が残っていると言ってカルラたちと別れた。メイの部屋を出たあと、俺は足早に女子寮を後にする。
 昨日、ローシャナから帰ってきた俺はメイの異変に気付きながらもメイを任務に送り出した。思えばあの時、止めておけばよかったかもしれない。本当は嫌な予感がしてならなかったけれど、今更そんなこと言っていても既に遅い。命は取りとめたものの、目が覚めるかどうかわからない状況は最悪の事態を考えざるを得なかった。
 俺は教室に足を向けながらジャックとのやり取りが脳裏に浮かぶ。


「どうしてそう言えるのさ。僕がメイを傷付けたのに、メイを守れなかったのに、なんで何も言わないの、なんで責めないんだよ…!」


 あんな顔をしたジャックを見たのは初めてだった。ジャックとはメイを通じて関わることは多かったが、あんなにも余裕のないジャックは見たことがない。多分、メイが関わっているからこそああいう表情になるんだと思う。いつも見せない表情をするもんだから言い返す気力を削がれてしまった。
 責めるつもりはなかった、とは言いきれない。だが、後悔してるのが目に見えてわかったから何も言わなかった、というか言えなかった。それに俺は又聞きでしか状況を聞けないから、ジャックがどう油断してメイがジャックをどう庇ったのかわからない。だからジャックになんでメイを守れなかったんだ、なんて言える立場ではないのだ。もしその時、自分がその場にいれば何かできたのかもしれない、そう思うと悔しくて仕方なかった。

 教室に着くと諜報武官の後ろ姿が目に入る。俺の気配に気付いた武官は振り返り鋭い眼差しで俺を見つめた。


「様子は?」
「…意識不明の重体。当分、目は覚めないかもしれない。最悪そのまま死ぬ可能性もなくは、ない」
「そうか」


 誰のことかと聞かれなくてもわかる。俺の任務はメイの監視も含まれていた。諜報部や上層部がメイを疑っていることを知ったのはあのビッグブリッジの戦いの後だ。多分、ドクターがメイの処分を預かったときから上層部は疑っていたのかもしれない。諜報部のほうは上層部から依頼か何か言われて動いているのだろう。
 何も言わない俺に対し、武官は嘲笑するように鼻で笑った。


「皮肉なものだな」
「………」
「ついこの間まで諜報部員として共にしてきたというのに、ドクターが関わっただけで疑いをかけられて」
「…そっすね」
「メイが裏切り者ではないことくらい今までの戦績でわかるだろうに。……いや、もしかしたらそうなることを見越して演技をしていたのかもな」
「…武官はどう思うんすか」


 アンタだって長年、メイのことを見てきただろう。そう思いながら武官を睨み付けると、武官は目を閉じて俺に背を向けた。


「だからこそお前にメイの監視の任をやったんだ。しっかり見張っておけ」
「…了解」


 返事をすると俺は教室から出ていく。あの人が諜報武官で良かったと思いながら、今度は司令部へと向かった。
 司令部に入ると軍令部長の後ろ姿が目に入る。後ろから見ると禿げが目立ってるな、と思いながら軍令部長に声をかけた。


「諜報部のナギです」
「…話は聞いた。重症のようだな」


 振り返らない軍令部長に眉間にしわを寄せる。振り返られないほど嬉しいのか、はたまた死に損ねて悔しいのか、どちらにしても胸糞悪いことには変わりない。
 平常心平常心。俺はそう唱えながら軍令部長の言葉に肯定しつつ、現状を報告した。


「いつ目が覚めるかわからない…か」
「はい」
「…好機と捉えるべきか否か…」
「は?」
「いや、こちらの話だ。報告ご苦労だった」


 考え込むような仕草をする軍令部長に首を傾げつつ、俺は司令部から出ていく。軍令部長の言葉が少し気掛かりだが、それを調べる術はない。
 さてこれからどうするか、と一息ついていると、誰かが俺のズボンを引っ張った。


「ん?お?トンベリ?」
「……………」


 思いがけない人物、いやモンスターが俺を見上げていて、そういえばメイの部屋にトンベリがいなかったことを思い出す。トンベリを見るに俺を探していた、というわけではなさそうだった。大方、任務に行ったっきり帰ってこないメイを探していたのだろう。
 俺はしゃがんでトンベリの目を見ながら口を開く。


「メイを探してたのか?」
「……………」


 小さく頷くトンベリに、言葉が通じてよかったとホッと胸を撫で下ろす。


「メイなら部屋にいるぜ」
「……………」
「…俺も一緒に来いって?」
「……………」


 行こうとする俺のズボンを引っ張ったまま離さないトンベリを見て小さく息を吐き出した。
 再び女子寮に移動しメイの部屋に向かう。俺がトンベリを連れているのが珍しいのか、すれ違う女子候補生に好奇の目で見られながらメイの部屋がある廊下に差し掛かる。その時、妙な違和感を感じた。
 ピリッとした空気に懐にあるナイフを手にする。メイの部屋がある廊下を見据えると、ちょうどメイの部屋の前に佇む男子候補生の姿が目に入った。


「(見舞い?…でもなさそうだな)」


 いつものように足音を立てず近付いていく。そいつが扉の取っ手に手をかけたそのとき、突然トンベリが走り出した。


「あ!こらっ」
「!?」


 そいつは俺の声に気付いたのか扉の取っ手から勢いよく手を離す。そして向かってくるトンベリにビビったのか、背中を向けて走り出した。追い掛けようか悩んだが、顔もばっちり覚えたし後でじっくり調べることにする。それよりも、とトンベリに視線を向けると、トンベリは叱られるとわかっているのか、頭を垂れていた。
 モンスターなりにメイのことが心配だったのだろう。叱るに叱れない俺は溜め息を吐いて、メイの部屋の扉を開けた。